生きることの苦しみや痛みを緩和してくれる古典的名著
特に毎日が退屈で生きた心地がしないという方。つい他人と自分を比べ自信を失いがちな方。現実社会に疲れてしまい生き方を見直そうと考えている方。に是非手に取っていただきたい1冊です。人は幸福になるために生きている。これは世に出回っているほとんどの幸福論が導き出した結論の1つです。実際に私たちの多くはその言葉の通りたくさんの喜びや楽しみに包まれた幸福な未来を想像しそれを追求しながら生きています。しかし今から約200年前こういった幸福論の常識に真っ向から反対した哲学者がいました。彼の名はアルトゥール・ショーペンハウアー。後に生の哲学の祖と呼ばれニーチェやフロイトやトルストイといった一流の思想家たちに影響を与えた哲学会の巨人です。
「あまり不幸ではない人生」こそ満足に値する人生
本書においてショーペンハウアーは多くの人が思い描いている幸福な人生は単なる幻であり、あまり不幸ではない人生こそ満足に値する人生であると唱えました。何もかもうまくいっている人からしてみればこの考えはとても後ろ向きで受け入れがたいものに思われるかもしれません。しかし長い人生の中で本当に苦しい状況に置かれてしまった時きっと彼の幸福哲学が心の支えとして役に立つ日がやってくると思います。
3つのテーマ
- 運勢に差を生じさせる3つのもの
- 不幸を呼ぶ「証人欲求」の切り離し方
- 人生の幸福を図る真の物差しとは
背景知識
アルトゥール・ショーペンハウアーは1788年現在のポーランドの都ダニスクにて誕生しました。父親は1代で富を築いた商人でいずれ我が子にも一流のビジネスマンとして大成して欲しいと願っていたと言います。そこで彼は家族を連れ立って1年にも及ぶヨーロッパ旅行に出かけ商売に必要なセンスを身につけさせようとしました。しかし若きショーペンハウアーの純粋な心が捉えたのは、上流階級の華やかな暮らしでも、人や物の流れでもなく、貧困や格差にまみれた世界の現実でした。みすぼらしい格好で路上で物を売る人。薄暗く壊れそうな建物。絞首刑が執行されている場面。こういった今まで自分の目に映り込むことのなかった人間社会の真実は彼に強い衝撃を与えました。それと同時になぜ世界はこんなにも悲惨なのかという疑問が生まれ、父親の望む商売人としての人生ではなく、自分自身が望む哲学者としての人生を出すようになっていったのです。1809年ゲッティンゲン大学医学部に進学したショーペンハウアーは翌年哲学部に移りそこで関東やプラトンの思想を研究それから約10年後彼は自身を代表する隊長を発表します。それが意思と表証としての世界この中でショーペンハウアーは私たち人間は終わりなき欲望を追いかけ苦悩せざるを得ない存在であることを主張しました。またこの作品こそこれまでの哲学体系に新たな知見をもたらす歴史的書物だとかこたる自信を持っていたと言います。しかし彼を待っていたのは厳しい現実でした。大きな期待とは裏腹に本は発表してから1年半経っても100部ほどしか売れず、その思想もほとんど理解されなかったのです。それからベルリン大学の講師として職を得るものの当時絶大な人気を誇っていたカリスマ教授ヘーゲルの力に圧倒され、彼は自分の講義に学生を集めることに失敗してしまいます。これによって自信を失い深く傷ついたショーペンハウアーは講師を辞任することを決意し孤独な研究者として我が道を突き進んでいくことになります。そんな彼が長年の苦労を経て脚光を浴びるきっかけとなったのが1851年63歳の時に発表した「余録と補遺」という作品です。一風変わったタイトルですがこれは彼の代表作「意思と表象」としての世界を補足する目的で誕生しました。「意思と表象」としての世界は哲学の専門家向けの難しい内容であったのに対しこの「余録と補遺」は彼の思想が一般の人にも理解されるよう分かりやすくエッセイ風に描かれた作品になります表象これがベストセラーになるとようやくショーペンハウアーの哲学に世間の注目が集まり晩年に名声を白します。そして1860年72歳の時にその生涯に幕を閉じることになるのです。
1つ目のテーマは運勢に差を生じさせる3つのものです。世の中には運に恵まれている人とそうでない人がいる。では何が我々の運勢に差を生じさせているのだろうか。これについて私は大きく3つの要素が関わっていると考えている。
- その人が何者であるか・・・品性・人柄・人間性(健康・美・徳・知性)
- その人が何を持っているか・・・所有物(家・車・衣服・資産)
- その人はいかなる印象を与えるか・・・他者評価(名誉・地位・名声)
ショーペンハウアーは人間の運勢に差を生じさせるものとして本書の冒頭で3つの要素を挙げました。まず第1の要素。その人が何者であるかについてですがこれは要するにその人物が持っている品性・人柄・人間性といった内面的な価値のことを指しています。また健康であること。心が清らかで美しいこと。徳や知性を備えていること。もここに含まれています。
続いて第2の要素。その人が何を持っているかについてです。これは文字通り家・車・衣服・資産といった本人の所有物や財産のことを表しています。
そして最後3つ目の要素がその人はどんな印象を与えるかということですが、これは一言で言ってしまえば他者評価のことを意味しています。例えば賢そうに見える。誠実そうに見える。他人の目から見た時の自分のイメージのことだとご理解ください。
一見どの要素も人生において重要なものと思われますがショーペンハウアーはこれら全ての獲得を進めているわけではありません。幸福になるためには何よりもまず第1の要素「その人は何者であるか」という領域に集中して生きる必要がある。これが彼の主張であり本書のキー・メッセージになります。いやいや資産を増やすことも他者評価を上げることも幸福な人生を送る上で同じぐらい大事なのではないか。おそらくそのように思われた方もいらっしゃると思います。では一体なぜショーペンハウアーは自分の内面的価値にこだわって生きることが幸福につがると考えたのでしょうか。
どれほどの財産を持てば人間は満足をするのだろう。残念ながらその答えを導き出すのは非常に困難なことだ。なぜなら財産に関する満足は絶対量ではなく相対量に基づくからである。例えば世の中には他人よりも多少財産が少なくても何不自由なく満足に暮らせるものがいる一方で、あり余るほど財産があっても満足できず、不幸な毎日を送っている者がいるだろう。富や名声とはいわば海水のようなものであり、飲めば飲むほど心が乾いてくる。このような際限ない欲望に囚われてしまった人間は自分が手に入らないものを見つけるたびに苦しい気持ちになり、たとえ目の前に巨万の富があったとしても慰められることはないのである。
財産に関するす満足は絶対量ではなく相対量に基づく。富や名声は海水のように伸べば飲むほど心に乾きを与えるとありましたこれについて先ほどのスライドを使って解説いたしますので少し画面の方をご覧くださいペンハワーの考えを整理しますと赤枠で囲んだ第1の要素品性人柄人間性は絶対的なもの一方青枠で囲んだ所有物や他者評価といった第2第3の様は相対的なものということになりますもう少し分かりやすい言葉に変換しますと人柄知性得といった人間の内面的な財産は誰かと比較するものでもなければ誰かによって奪われたり価値を下げられたりするものでもないので絶対的なものであるそれに対し所有物地位明星といった第2第3の要素は自分以外の誰かと比較してこそ値打ちが出てくる相対的なものでありさらに言えば他によって奪われることも価値を貶められる可能性もある不安定なものであるというわけですこのようなことからペンハワーは他人や環境によって価値が変動してしまう第2第3の要素よりも自分の努力次第でどこまでも高め続けていける第一の要素に力を注ぐべきだと主張したのですとはいえ私たちが日常生活を送るには当然ある程度のお金がいりますまた他人から認められたいといういわゆる証人欲求を沈めることは誰にとってもそう簡単なことではありませんこれらの問題についてショーペンハウアーはどのように考えているのでしょうかさあそれでは2つ目のテーマ不幸を及ぶ証人欲求の切り離し方に移り引き続き彼のアドバイスを聞いてみたいと思いますではいきましょうその人の身に備わっているものこそ幸福な人生を送る上で最も重要なものである健康に配慮し自分の能力に磨きをかけることこれは富の獲得よりもはるかに懸命なことであるもちろん生活には必要最低限の経済的基盤が必要でありそれまでも犠牲にすべきだと言いたいのではない私が強調したいのはあり余る富を得たところで人間は幸福にはなれないということなのだ一体世の中には不幸な金持ちがどれだけいることだろう彼らの多くは余った時間を浪費や贅沢に当てたがるなぜそんなことをするかと言えばこれまでの人生において教養の獲得を後回しにし内面を磨いてこなかったからである知的な暇つぶしで精神的な満足が得られないと人間は生理的な欲求といった低次元の欲求を満たす以外なくなってしまう例えば裕福な家の子供が親から受け継いだ莫大な財産をあっというまに使い果たしてしまったという話はいつの時代もよくあることだこういった救いがい事例がなぜ起こるかといえばその根本原因は退屈にあるつまり精神の貧しさが耐えがいほどの退屈を呼び起こすのである金の力でどれほど外見を磨き着飾ったところで内面の豊かさを演出することはできないのだかつて偉大なる賢者ソクラテスは店に並べた数々の贅沢品を一別すると次のように言った私には不要なものがなんとたくさんあることだろうこのような教えが古くからあるにも関わらず世の多くの人は教養の獲得を軽んじ富を得ることばかりに執着しているすでに持っている富をもっと増やしてやろうと自分に休みも与えず朝から晩までありのように働いているそんな暮らしを続けていれば富の増やし方以外何も知らず精神が空っぽで知的な楽しみを一切受けつけない人間になってしまうだろうどれだけ奮発し切な的な快楽で自分を満たそうとしても虚しい気持ちは決して静まりはしないそして時が立ちいよいよ人生の終わりが近づいた時総決算としてこれまでのツが回ってくるのであるはいここ止めます要するにだけお金があっても中身が空っぽのまま年を取っていってしまうと後で痛い目を見るというお話でしたなるほど確かにそうかもしれないと納得できる部分もありますが一方で実際に大きな富を手に入れてみないと分からないしそんなことを言われても腹に落ちてこないという方もいらっしゃるのではないでしょうかそこでイメージしていただきやすいようアメリカの心理学者アブラハムマズローが唱えた5段階欲求節を元にショーペンハウアーの主張を整理していきたいと思いますマズローによれば人間の欲求は生理的欲求安全欲求社会的欲求承認欲求自己実現欲求と5つの段階があり定時の欲求が満たされるごとにもう1つ上の欲求を持つようになると言われています生理的欲求というのは生命活動を維持するために不可欠な必要最低限の欲求を指しており具体的には人間の3大欲求食欲睡眠欲性欲などが含まれていますショーペンハウアーによればどれだけ富があっても人間としての中身が空っぽだとこの1番低い欲求ばかり満たそうとしてしまうということでしたそしてこれらが満たされたら今度は身体的に安全でかつ経済的にも安定した環境で暮らしたいという安全性の欲求が芽生えその次の段階として社会的欲求が出てきますこれは家族や組織など何らかの社会集団に所属して安心感を得たいという欲求を指しており所属と愛の欲求と呼ばれることもありますこのステージで孤独が癒されてくると今度はただ集団に所属しているだけでは満足できなくなりその所属している集団の中で高く評価されたい尊敬されたいといった思いが込み上げてきますこれがいわゆる証人欲求ですここから先は工事の欲求と呼ばれお金の力だけではなかなか満たしきれない段階に進んでいきます細かい話をしますと証人欲求は定位の証人欲求と行為の証人欲求と2つに分類されるのですが全社は他人に注目されたり褒められたりすることを求める欲求のこと一方行為の証人欲求は他者からではなく自分で自分を認めたいという欲求のことを意味しています例えば私だってやればできるじゃないかといったちょっとした自己満足によって気分が良くなるようなイメージですそしてこれらが全て満たされるとようやく自己実現欲求が出てくるのですがこれは自分にしかできないことをなし遂げたいとか自分らしく生きていきたいといった理想の自分に近づこうとする欲求のことを意味していますこの段階に入りますともはや富の力ではどうにもなりません日々教養を蓄えながら生きるとは何なのか自分は人としてどうありたいかといった哲学的な問と向き合ってきた人だけが最後の扉を開くことのできる領域なのですただ富の力だけでは幸福になれないということも教養を身につけて内面を磨いておくことの重要性もよく分かったけれど証人欲求だけはどうしても収集がつきませんとお困りの方もいらっしゃると思いますこの悩みについてショーペンハウアーはどのような考えを示してくれるのでしょうかさあでは続きを読んで確認していきましょう人間は自分が得意とする分野で褒められるとたえ見えしいたお世辞であっても喜びの表情を顔に浮かべるものだしかしよく考えてみるがいい他人にどう思われるかなど他人の意識の中での問題であって我々にとっては切り離されたどうでも良い問題ではないだろうか自分がどうありたいかよりも他人からどう思われたいかを気にしてしまう人はおそらく本来頼るべき自分自身の内面の資源がそれだけ枯渇しているということなのだ人生という長い旅地は多くの危険があり困難があるそこで人々はその壁を乗り越え何かを成し遂げようと懸命に努力するだが彼らの努力のほとんどは他人から見た自分の印象を良くすることばかりに費やされているのが現実だ富を求めることも学問や芸術の分野で成果を上げようとすることも他人からもっと尊敬されたいもっと認められたいとそんな欲求を満たすこと自体が究極の目的となっているなんと人間は愚かな存在なのだろう思い返してみれば我々がこれまでに感じたあらゆる気がかりと不安の大半は他人からどう思われるかといった他者評価が根本にあるのではないかそもそも他人の目に自分がどううかで人生の価値が決まるなんて実に惨めすぎる考えだどんな時でも我々が大切にしなければならないのは自分自身のあり方や生き方である他人の頭脳の中に自分の幸福が宿っているなど断じてありえない確かに他人からの称賛が人間に喜びを与えてくれるのは事実であるしかしどんな理由であれ賞賛している人間は心からの称賛ではなくしぶしぶ賞賛しているのであるそのように冷静になってみれば自分で自分自分を率直に称える境地にたどり着いた人こそ最も幸福な人だと言えるだから我々は明星を得ることに執着するのではなく明星に値するものになろうと考えを改めるべきであるかつて偉大な哲学者アリストテレスはこんな言葉を残した幸福とは自分に満足できる人のものであるつまり我々は自分の身に備えているものに満足すればそれで良いのであるはい止めます証人欲求から解き放ってくれるような力強い名言をたくさんいただきましたつまり私たちはマズローが示したような欲求の段階をすろのように1つ1つ満たしきって進んでいかないとダメかと言うと必ずしもそうではないのですショーペンハウアーのように徹底して自分と向き合い自分を磨き自分の道をひたすら突き進んで自分だけの幸福を目指すといった選択肢もあるわけですただこういった生き方は味方によってはとても孤独で寂しいようにも思われます一体ショーペンハウアーにとって幸福な状態とはどのような状態のことを指していたのでしょうかさあというわけで最後3つ目のテーマ人生の幸福を図る真の物差しとに進んでいきたいと思いますでは行きましょうあらゆる生きる地への最高原則はアリストテレスがニコマコス倫理学で述べた次の言葉に集約できるすなわち賢者は快楽を求めず苦痛な木を求めるということだつまりアリストテレスは人生においてできる限り災難から逃れることに注目するべきだと解いているのである例えば体がどれだけ健康であったとしてもどこか小さな傷があったり痛む箇所があったりするとしようすると我々は自分の体が健康であるという事実を忘れその傷のことばかりに注意が向いてしまうこれと同様に何不自由ない充実した毎日を送っていてもたった1つ嫌なことがあるとそこに我々は意識を奪われ今本当にやるべきことに集中できないということがよく起こるかつフランスの哲学者ボルテールは幸福は幻に過ぎず苦痛こそ現実だと解いたがまさにその通りなのだ幸福な人生とはあまり不幸ではない人生のことであり幸福論とはいわば粉食した表現である最も幸せな運命とは最上級の喜びや快楽を得ることではないどれだけ苦痛が少なかったかが人生の幸福を図る真の物差しなのであるはい止めます要するに多くの人は人生の幸福をや楽しみの量で単純に図ろうとするけれどそれは間違っていますとそうではなくて危険な事故や災害に巻き込まれなかったとか大きな病気をしなかったとかそういった誰の人生でも起りうる悲劇や苦痛をどれだけ回避できたのかそこに注目して自分の人生の幸不幸を総括してくださいとその上で自分の人生そんな悪いものじゃなかったまずまずの人生だったと思うことができればそれはもう十分幸福な人生を手にしたと思ってもらっても大丈夫ですとそのようにおっしゃっているわけですなるほどそれくらい幸福の基準を下げてくれると少し気が楽になりますが一方でちょっとネガティブな印象を持たれた方もいるかもしれませんしかしこれこそショーペンハウアーの人生哲学の面白いところなのです彼は現実を直視した上でこの世界は残酷で悲惨な場所であり人間はその中で苦悩にまみれながら生きる存在であるというゆな思想を持っていました確かに言葉だけ聞くと抵抗感を覚えますが今日の社会を冷静に観察してみますと夢や希望といった明るい雰囲気はなく不安疲労絶望といった暗い雰囲気に包まれています仏教の思想にもこの世の一切は苦であるという考えがありますがまさに彼も自身の経験から同じ境地に達し苦痛をできる限り避けることが幸福な人生を送る上で現実的な解決策であるという結論を出したのですその上でショーペンハウアーはできる限り苦痛の少ない人生を手に入れるための心得について次のように語っています生きていく上で何よりも大切なことは自分自身をよく理解しておくことだ自分が心から望んでいるものは何なのか自分の幸福にとって1番なくてはならないものは何なのか自分はどんな役割を担っていて何を果たさねばならないのかこういった自己理解が人間に勇気を与え現在しなければならない活動へと駆り立てるのでである恐ろしい未来を想像したり望みが叶わなかった過去を恨んだりして現在に集中せずに生きるのは愚かなことだ我々が心配すべき唯一のことは未来の災いの中でも来ることが確実でさらに来る時期も確実なものだけである心の平穏が乱れてしまえば人生を気持ちよく味わうこともできないし幸福が遠ざかってしまう従って我々は今日という1日はただ1度きりで2度と戻ってこないということをずに命じながら生きなければならないのであるはいここで止めますなるほどいつ自分の生命が尽きても後悔のないよう1日1日を小さな一生だと思って現在に集中して生きてくださいとそのためには未来を恐れないこと過去を悔やまないことに加え自分がどんな人間で何者になろうとしているのかをよく理解する必要があるという内容でしたつまり本書の冒頭にあった自分が何者であるかという第一の要素に集中して生きることが結果として現在を生きること幸福に生きることにつながってくるというわけですまた今に集中していきた方が幸福になれるということの根拠としてショーペンハウアーは人間は異常なほど退屈を嫌がるということをあげていますつまり自分にはすることやるべきことも何もないという状態が人間に苦痛を与え不幸な状態にしてしまうのです今は忙しすぎて私には関係ないという方もいるかもしれませんがこの問題は10年後20年後と老年に近づくに連れ一言ではなくなってくる重要な問題なのですさてこれについてショーペンハウアーは本書でどのような考えを示したのでしょうかそれでは続きを見ていきましょう生命は動きにあるこれはギリシャの哲学者アリストテレスの言葉だがこれこそまさに心理であるいかなる生命も運動を本質とし絶えず動きながら存在しているその証拠に我々人間を見てみるがいいこれと言ってすることがなく手持ちぶさでいると恐ろしいほどの退屈に見舞われ我慢できなくなってくるだろうつまり人間が幸福になるためには何かをする何かを成し遂げるあるいは何かを学ぶといった活動が欠かせないということだ我々は自分の持っている能力を活用して欲しいとかその能力で何かを成し遂げたいと常に願っているものだもしあなたの中にそういった気持ちが少しでもあるのならこの点において最大の満足が得られる方法を教えようそれは自らので何かを作り上げるということだかでもいい本でもいいあなた自身で何かを仕上げてみるといいだろうある1つの作品が自分の手によって日々成長しついに完成した姿を見ると我々はそこに強烈な感動と幸福を覚えるのであるだから私はそれぞれの人がそれぞれの能力に従って何らかの活動に励むべきだと考えている人間は自分の力を持て余しながら生きているとひどく不幸な気持ちに襲われるものだこれは何年も仕事らしい仕事もなくただ遊びほけて暮らしてみるとよくわかるモグが土を掘らずにはいられないように人間もあれこれ骨を折り思考錯誤せずにはいられないのだ行動する際の物理的な障害であれ学習や研究における精神的な障害であれ人間はある一定のハードルを乗り越えながら生きる喜びを獲得し幸せになっていくのであるはいここ止めますなるほど簡単にまとめますと人間というのは自分の中にグっと抑え込んでいる思いや考えがあったり持て余している力があったりするものなのですとただそれを表に出さずにため込んでいると次第に欲求不満になり退屈し生きた心地がしなくなってしまいますとだから趣味でもいいし仕事でもいいので自分の手で思考錯誤しながらコツコツ続けられる生産的な活動を見つけてみてくださいという内容でございましたこのようにショーペンハウアーは世界が苦しみで満たされていることを認めた上で人としての理想の生き方そして現実的な幸福の手に入れ方について示したというわけですどれだけ頑張っても心が満たされない幸せを感じないという方は一旦立ち止まっていただき自分は一体何者なのかという問とじっくり向き合ってみてはいかがでしょうかはいというわけで幸福について以上でございますいかがでしたでしょうかまさに逆境に立たされた人のための幸福哲学ということでとても勇気を与えてくれるな
【名著】幸福について|ショーペンハウアー 今、人生がシンドイあなたへ
我慢したもの負けに世の中なってる
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節度のある人はバカ
今を生きる思想 ショーペンハウアー 欲望にまみれた世界を生き抜く