綿密に構築された嘘に基づき全体主義体制は維持される。民主主義国家がそれを見抜けなかった
ハンナ・アーレント『全体主義の起原』を読む 指導者の絶対的無謬性 残る全体主義的傾向に警鐘
- 『全体主義の起原』は反ユダヤ主義・帝国主義・全体主義の三部構成で、とくに第3巻で全体主義を分析している。
- 全体主義成立の条件は「個人化」と「アトム化」であり、人々が孤立し相互に信頼できない状態から、大衆が単一の虚構に同調するようになる。
- 指導者はカリスマ性ではなく、現実から要素を切り出し虚構の世界を一貫した物語として組み立てる技術を持つ。この「首尾一貫性」によって大衆は自己確認を行い、熱狂的に従属していく。
- ナチズムは当時合法的に多数の支持を得て成立し、憲法を維持したままホロコーストに至った。つまり、民主制度の内部からも全体主義は生まれる。
- 全体主義の虚構は綿密に構築された嘘に基づき、指導者の「無謬性」が崩れぬように維持される。民主主義国家がそれを見抜けなかったことが最大の失敗とされる。
- 全体主義が倒れても、その傾向は社会に残存する。宗教の教祖崇拝や批判を許さぬ構造、また近年の熱狂的な政治運動などには、その危うさが潜むと警告している。
アーレントは、全体主義とは単なる過去の歴史現象ではなく、現代の社会や政治運動、宗教形態にも残り得る普遍的な危険性であると強調しているのです。
暴力ではなく、価値観の独占・言論・思考の統制によって支配
現代では中国、ロシア、北朝鮮、イランなどが権威主義・全体主義
現代における全体主義は、かつての銃剣や暴力による統制とは異なり、言論や価値観の「ナラティブ」(物語や認識の枠組み)を通じた支配が進んでいると指摘されています。つまり、「自由」「人権」「多様性」といった一見正義に見える言葉が全体主義的なモデルのもとに押し付けられ、それに反論する者は社会的に排除される傾向があります。これによって、多様性を唱えながらも実質的には唯一の正しい価値観しか認めない「進歩」による支配形態が生まれていると解説されています。
また、現代の全体主義政権は国家の枠組みを破壊し続ける運動体として機能し、安定した国家体制を目指すのではなく、絶えず権力を維持・強化しようとしています。このため、ナラティブ操作を通した価値観統制が全体主義の新しい形態として注目されています。
具体的な国としては、中国、ロシア、北朝鮮、イランなどが権威主義的・全体主義的な特徴を持つと言われており、これらの国は国際社会で専制国家として警戒されています。
現代の全体主義は直接的な暴力統制ではなく、価値観の独占・言論・思考の統制によって支配を図る高度に洗練された形態へと変化していると考えられています。
ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』は、1951年に発表された政治学の著作で、19世紀から20世紀にかけてイタリアやドイツで現れた全体主義の本質を三部構成で論じています。
- 第1部で反ユダヤ主義、
- 第2部で帝国主義、
- 第3部で全体主義を扱い、
とくにイデオロギーとテロルが全体主義体制の特徴として挙げられています。アーレントは全体主義を、それ以前の独裁や専制とは異なる新しい政治形態と捉え、その成立には偶然性や人間のメンタリティが大きく関わっていると考えました。また、全体主義体制は「客観的な敵」を設定し、それに基づいた弾圧や粛清を行う点が重要と指摘しています。
こうした議論のなかで、アーレントは20世紀の反ユダヤ主義の変化に注目し、国家単位の排除から超国家的な視点での排除へと転換したことがホロコーストなどの悲劇につながったと分析しました。この著作は全体主義の起原やその本質を理解し、再発防止に向けた警鐘ともなっています。
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