EUを離脱した英国、なぜか移民が急増する、不法移民も
ブレグジット後の英国における移民急増の背景と分析
英国がEUを離脱(ブレグジット)した最大の動機の一つは、移民の流入をコントロールし、その数を減らすことにありました。しかし、皮肉にも離脱後の純移民数は過去最高を記録しています。このパラドックスがなぜ起きたのか、専門的な視点からその要因を分析し解説します。
1. 新しいポイント制移民制度の影響
英国政府は離脱後、EU出身者も非EU出身者も同じ基準で審査する「ポイント制移民制度」を導入しました。この制度は、高度な技能や特定の年収、英語能力などを満たせばビザを発給するものです。
一見すると厳格に思えますが、実際には深刻な労働力不足(特に医療・介護分野)を補うために、ビザの要件が緩和されました。その結果、EUからの低技能労働者が減った一方で、インド、ナイジェリア、フィリピンなど、非EU諸国から医療従事者や介護職員が爆発的に増加しました。
2. 人道的ルートと学生ビザの拡大
統計上の数字を押し上げたもう一つの要因は、特別な人道的支援による移民の受け入れです。ウクライナ情勢や香港の情勢不安を受け、英国はこれらの地域から数十万人規模の避難民や移住者を受け入れました。
また、大学の資金源として重要な留学生を積極的に誘致したことも影響しています。2024年1月の規則改正前までは、大学院生などが配偶者や子供を同伴することが認められていたため、一人の留学生に付随して複数の「扶養家族」が入国し、純移民数をさらに押し上げました。
3. EU離脱による「防波堤」の喪失と不法移民
不法移民、特に小型ボートで英仏海峡を渡ってくる人々への対応は、皮肉にも離脱後に困難になりました。EU加盟時は「ダブリン規則」という仕組みがあり、難民申請者を最初に到着したEU加盟国に送り返すことが法的に可能でした。
しかし、EUを離脱したことで英国はこの枠組みから外れ、フランスなどの隣国に難民を強制的に送還する法的根拠を失いました。これが、不法入国後の難民申請手続きの長期化と、収容施設の逼迫を招く一因となっています。
4. 経済的要因と保守党のジレンマ
当時の保守党政権は、インフレ抑制のために安価な労働力を必要としていました。賃金の上昇を抑え、経済を回すためには、離脱で失ったEU労働者の穴を非EU労働者で埋めるしかなかったという現実があります。
一方で、ブレグジットを支持した層の多くは「文化的な同質性」や「生活環境の維持」を求めていたため、ロンドンなどの都市部に集中する非EU圏からの移民急増に対し、強い裏切り感と反発を抱いています。これが現在の英国政治における右派ポピュリズムの再台頭を支える土壌となっています。
5. 総括と今後の展望
英国の事例は、国境を「コントロール」することと、数を「削減」することは全く別問題であることを示しています。経済成長や公共サービス(医療・介護)の維持を優先すれば移民を受け入れざるを得ず、移民を制限すれば経済が停滞するという、先進国共通のジレンマに直面しています。
現在は家族帯同の制限など規制強化に動いていますが、労働力不足が解消されない限り、抜本的な解決は難しいと考えられます。
イギリスも日本同様に少子高齢化の影響
英国における少子高齢化と移民政策の相関
ご指摘の通り、英国が直面している状況は、日本と同様に深刻な少子高齢化が根底にあります。しかし、その対応策として「移民」をどの程度活用しているかという点において、両国には大きな違いが見られます。
少子高齢化の現状比較
英国の合計特殊出生率は近年低下傾向にあり、2020年代に入ってからは1.5前後で推移しています。これは日本の1.2前後よりは高いものの、人口を維持できる水準(2.1)を大きく下回っています。
日本との最大の違いは、英国は移民を受け入れることで「現役世代の人口」を維持、あるいは増加させている点です。日本の人口が減少局面にあるのに対し、英国の人口は移民流入によって今なお増加を続けています。
医療・介護分野への依存
英国の国民保健サービス(NHS)や介護現場は、移民労働者なしでは立ち行かない状況です。
- 医療:
医師や看護師の相当数が、インド、パキスタン、ナイジェリア、フィリピンなどの非EU諸国出身者で占められています。 - 介護:
日本も外国人技能実習生や特定技能での受け入れを進めていますが、英国ではすでに労働力全体の約2割近くが外国生まれという統計もあり、依存度は日本よりも遥かに高いのが実情です。
日本と英国の戦略の違い
両国とも「労働力不足」という共通の課題を抱えていますが、そのアプローチは対照的です。
| 項目 | 日本 | 英国 |
|---|---|---|
| 主な対策 | 自動化・AIの活用、高齢者・女性の就労促進 |
大規模な移民の受け入れ
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| 社会の受容 | 同質性を重視し、移民受け入れには慎重 |
多文化主義が浸透しているが、急増への反発も強い
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| 人口動態 | 自然減を補いきれず、総人口が減少 |
自然減を移民が上回り、総人口が増加
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構造的なジレンマ
英国にとっての悲劇は、国民が「移民を減らしたい」と願ってEUを離脱したにもかかわらず、社会構造(特に高齢者ケアや医療)を維持するためには、結果としてEU時代よりも多くの移民(特に非EU圏から)を呼び込まざるを得なくなったという矛盾にあります。
これは、将来的に日本が直面するかもしれない「労働力確保か、社会の同質性維持か」という選択の難しさを先取りしている事例とも言えます。
「大学の資金源として留学生を積極的に誘致した」のは短期的な利益だけを考えた失策では?
留学生誘致政策の背景と構造的な問題
ご指摘の通り、大学が資金源として留学生に過度に依存する構造は、教育の質の維持や社会への長期的影響を軽視した「失策」であるという批判が英国内でも強まっています。
この問題の背景には、単なる欲ではなく、英国の高等教育制度が抱える深刻な財政構造があります。
1. 交付金の削減と授業料の凍結
英国の大学は、政府からの直接的な補助金(交付金)が年々削減されてきました。
一方で、自国学生(英国人学生)から徴収できる授業料には法律で上限(年間9,250ポンド)が設定されており、インフレが続く中で実質的な大学の収入は目減りしています。
この赤字を補填するために、大学側は「授業料の設定が自由で、高額に設定できる」外国人留学生の受け入れを加速させました。
2. 教育の「輸出産業化」という戦略
英国政府は、高等教育を重要な「輸出産業」と位置づけてきました。
留学生が支払う高額な授業料だけでなく、滞在中の生活費、家賃、付随する消費は英国経済にとって大きなプラスになります。
しかし、この「ビジネスモデル」を追求しすぎた結果、以下のような弊害が顕著になりました。
3. 短期的な利益がもたらした弊害
- 質の低下:
一部の大学では、入学基準を緩和してでも人数を確保しようとする動きが見られ、学位の価値そのものが揺らぐ懸念が生じました。 - 移民制度の抜け穴化:
特に「扶養家族(配偶者や子供)」を伴うことができる修士課程などが、実質的な就労目的の移住ルートとして利用されました。これが統計上の移民数を押し上げる要因となりました。 - 住宅難とインフラへの負荷:
特定の大学都市において、学生向け住宅の需要が急増し、地元住民の家賃高騰や公共サービスの圧迫を招きました。
4. 政策の転換とその代償
事態を重く見た英国政府は、2024年1月から「ほとんどの留学生が家族を同伴すること」を禁止するなどの規制強化に乗り出しました。
その結果、留学生の出願数は急減していますが、これは同時に、留学生の学費に依存していた多くの大学が「経営破綻の危機」に直面するという新たな問題を生んでいます。
まとめ
留学生を資金源としたのは、政府による公的資金削減という状況下で大学が生き残るための「その場しのぎの策」であった側面が強いです。
結果として、大学経営は守られたかもしれませんが、社会全体の移民コントロールという大目標とは矛盾し、国家レベルで見れば戦略的な整合性を欠いた判断であったと言わざるを得ません。
