坂口安吾は「それまでの道徳から離れ、新しい生き方・考え方を広めた」人

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恋愛論
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従来の道徳や制度、美化された「おもかげ」としての恋愛を否定し、孤独な人間が生きるための実質的な衝動としての恋愛、そして「孤独な魂の過酷な闘い」としての恋愛を説いた文学的論考です。

坂口安吾の「恋愛論」における核心的な論点は以下の点に集約されます。

おもかげの否定

安吾は、人間が恋をしているのは相手そのものではなく、自分の頭の中で作り上げた理想の幻影(おもかげ)にすぎないと指摘します。しかし、真の恋愛とはその幻影が破れ、相手の生々しい現実や醜さ、エゴイズムに直面したところから始まると説きます。

孤独とエゴイズムの直視

人間は本質的に絶対に交わることのできない孤独な存在であり、恋愛とはその孤独な者同士が自己のエゴをぶつけ合う過酷な営みであるとされます。甘い一体感ではなく、孤独の深さを知るための通路として恋愛を捉えています。

制度や道徳からの解放

結婚という社会制度や、世間一般的な貞操観念といった既存の道徳枠に縛られた恋愛を批判します。そうした外枠を取り払い、人間がその本能と全人格をかけて生きる実質的な行動こそが恋愛であると主張します。

生きることへの情熱

安吾にとって恋愛は、倫理的に正しいかどうかではなく、人間が「生きて生き抜く」ための切実なエネルギーそのものです。失敗や破滅、傷つくことを恐れず、自らの孤独と向き合いながら対象にぶつかっていく姿勢に、人間の本質的な美しさを見出しています。

人は恋愛によっても、みたされることはないのである。何度、恋をしたところで、そのつまらなさが分かる外には偉くなるということもなさそうだ。むしろその愚劣さによって常に裏切られるばかりであろう。そのくせ、恋なしに、人生は成りたたぬ。所詮人生がバカげたものなのだから、恋愛がバカげていても、恋愛のひけめになるところもない。バカは死ななきゃ治らない、というが、われわれの愚かな一生において、バカは最も尊いものであることも、また、銘記しなければならない。

人生において、最も人を慰めるものは何か。苦しみ、悲しみ、せつなさ。さすれば、バカを怖れたもうな。苦しみ、悲しみ、切なさによって、いささか、みたされる時はあるだろう。それにすら、みたされぬ魂があるというのか。ああ、孤独。それをいいたもうなかれ。孤独は、人のふるさとだ。恋愛は、人生の花であります。いかに退屈であろうとも、この外に花はない。

 

 

坂口安吾は「それまでの道徳から離れ、新しい生き方・考え方を広めた」人

まさにその通りです。坂口安吾は、それまでの国家や社会が押し付けていた古い道徳や「美徳」の欺瞞を暴き、人間が本音で生きるための新しい考え方を提示した代表的な人物です。

美化された道徳の否定

戦時中、日本社会では「国のために美しく死ぬこと」や「欲を捨てて耐え忍ぶこと」が絶対的な道徳とされていました。安吾はこれらを、人間本来の姿を縛る偽りの制度であると批判しました。

「正しく堕落する」という逆説

敗戦後、人々が闇市で生きるために必死になり、かつての道徳から外れていく姿を見て、安吾はそれを「人間として当然の姿」と肯定しました。戦時中の偽りの美徳に従うくらいなら、人間は生きるためにどん底まで落ちる(堕落する)べきであり、そこからしか真の人間性や新しい道徳は生まれないと説きました。

制度からの個人の解放

天皇制や武士道、あるいは伝統的な家制度といった、個人を縛るあらゆる既成概念を疑いました。他人が作ったルールに依存するのではなく、自分自身の孤独や弱さを見つめ、自分の足で生きることの大切さを訴えました。

まとめ

このように、安吾は戦後の混乱期において、古い価値観が崩壊して迷う人々に対し、道徳の枠組みを超えた「ありのままの人間として生きる道」を示しました。

 

 

現代では広く受け入れられるが、当時は批判する人が多かったのでは?

意外かもしれませんが、当時の一般的な読者や若者からは圧倒的な熱狂と支持で迎えられました。批判をしたのは、それまでのモラルを守ろうとした一部の文化人や知識層です。

若者や大衆からの熱狂的な支持

戦時中の「国のために死ぬべし」という教育から一転して敗戦を迎え、当時の人々は激しい価値観の空白(虚脱状態)に陥っていました。そこに「生きるために堕落せよ」と言い放った安吾の言葉は、欺瞞に満ちた社会に苦しんでいた若者たちに解放感を与え、救いとして爆発的に受け入れられました。

知識人や文壇からの批判

一方で、志賀直哉をはじめとする既成の大家や保守的な知識人からは批判や冷ややかな目で見られました。彼らは戦後の混乱した世相や闇市の横行を「日本人の道徳的退廃」として憂い、新たな道徳や制度によって国民を正すべきだと考えていたため、あえて「堕落」を肯定する安吾の過激な論調とは真っ向から対立しました。

左翼陣営との思想的距離

戦後は共産主義や社会主義といった新しい理想を掲げる左翼運動も活発でしたが、安吾はそうした「新しい政治的理想」にも組みしませんでした。あらゆる組織やイデオロギーから距離を置き、あくまで個人の地べたの視点にとどまり続けたため、進歩的な知識層からも異端視される側面がありました。

まとめ

このように、社会を正そうとする知識層からは問題視されたものの、古い道徳に縛られ絶望していた大衆にとっては、時代の閉塞感を打ち破る決定的なオピニオンとして熱狂的に支持されました。

 

 

戦争で負けたから「戦前の考えは悪」という考え方が主流だったか

敗戦直後は「戦前の考え方はすべて悪」という単純な二元論が最初から主流だったわけではありません。むしろ、それまで信じ込まされていた「聖戦」や「一億玉砕」という大義名分が嘘だったと分かり、何が正しくて何が悪いのかさえ見失うほどの激しい「価値観の空白(虚脱状態)」が日本全体を覆っていました。

その中で、戦前の考え方が「悪」として定着していく背景には、いくつかの段階と要因がありました。

GHQによる軍国主義の排除

占領軍であるGHQは、日本の民主化を進めるために、戦前の軍国主義や超国家主義を徹底的に解体しました。教科書の墨塗りや、戦争を指導した人物たちの公職追放、東京裁判などを通じて、国策として「戦前の体制や思想は誤りであった」という線引きが明確に示されました。

メディアや知識人の方向転換

戦時中に国民の戦意を煽っていた新聞、雑誌、ラジオなどのメディアや多くの知識人が、敗戦を機に一転して「軍国主義の批判者」へと立場を変えました。これにより、ジャーナリズムの場において「戦前=悪、戦後(民主主義)=善」という言説が急速に作られ、世論をリードしていきました。

国民の「騙されていた」という裏切り感

国民の多くは、悲惨な空襲や戦死、戦後の猛烈な飢餓を経験し、「あれほどの犠牲を払った戦争は何だったのか」という強い怒りと絶望を抱えていました。国や指導者に対する「騙されていた」という実感が、戦前の思想や価値観を拒絶し、新しい民主主義を受け入れる強い土壌となりました。

まとめ

したがって、単に「負けたから悪」というよりは、あまりにも大きな犠牲と嘘の崩壊を経験した結果として、人々が生き直すために戦前の価値観を否定せざるを得なかったというのが実態です。坂口安吾の「堕落論」は、そうした「何が正解か分からない混沌」の中で、戦後の新しい形だけの正義(民主主義)にすら飛びつかず、まずは個人の本音に立ち返れと主張した点で異彩を放っていました。

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