米高官、イランのアフマディネジャド元大統領はモサドの協力者であり、ハンガリーで情報機関トップと会談したと明かす
- US Officials Say Iran’s Ahmadinejad Was Mossad Asset, Met With Intel Chief In Hungary
この記事の内容は、2026年7月13日にニューヨーク・タイムズ紙が報じた調査報道の内容と一致しています。かつて反イスラエルの急先鋒として知られたイランの元大統領マフムード・アフマディネジャド氏が、イスラエルの情報機関モサドの協力者となり、イランの政権転覆後に新たな指導者として擁立される計画が進んでいたという衝撃的なニュースです。主な要点は以下の通りです。
ハンガリーでの極秘会談
2024年と2025年に、ハンガリーの首都ブダペストにあるルドヴィカ国家公務員大学で開かれた気候変動カンファレンスを隠れ蓑にして、極秘の接触が行われました。当時のモサド長官ダヴィド・バルネア氏も現地に赴き、アフマディネジャド氏と直接会談したとされています。
協力関係の背景
大統領退任後、国内の選挙への立候補を何度も却下され、最高指導者ハメネイ師への批判を強めていた同氏は、イラン国内での権力奪還のために外国の介入を利用しようと考えたとみられています。裏ではイスラエルから渡航費などの資金援助も受けていたと報じられています。
作戦の決行と失敗
2026年2月に米国とイスラエルによるイランへの軍事作戦が始まった際、モサドは攻撃に乗じて彼を自宅軟禁から救出し、国内の隠れ家に移動させました。しかし、彼はイスラエルの計画に徐々に不信感を抱くようになり、隠れ家から去ってしまいました。
現在の状況
先週、死亡したハメネイ師の葬儀の列に一時的に姿を見せましたが、イスラエルとの接触がイラン当局に露呈したため、現在はイラン革命防衛隊(IRGC)の治安部門によって再び身柄を拘束され、自宅軟禁下に置かれているとされています。
かつてホロコーストを否定し、イスラエルの壊滅を訴えていた過激派の元大統領が、裏ではイスラエルの操り人形として政権の新しい顔になることを承諾していたという、映画のような裏面史が暴露された形となっています。
アフマディネジャドは強硬派、ロウハーニーは穏健派だった印象
そのご印象は極めて正確です。アフマディネジャド氏とロウハーニー氏は、イラン現代史における政治路線の対極に位置する二大巨頭でした。
それぞれの政治スタイルと対外姿勢には、以下のような決定的な違いがありました。
マフムード・アフマディネジャド(在任:2005年〜2013年)=「強硬派」
- 対決姿勢
欧米やイスラエルに対して徹底的な対決姿勢を貫きました。ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を公に否定・疑問視し、「イスラエルを地図から消し去るべきだ」といった過激な発言で国際社会に大きな衝撃と反発を与えました。 - 核開発
ウラン濃縮活動を大幅に加速させ、国際社会からの厳しい制裁を招く原因を作りました。国内ではポピュリズム(大衆迎合主義)的な政策で貧困層の支持を集めましたが、経済を孤立させました。
ハサン・ロウハーニー(在任:2013年〜2021年)=「穏健派・現実主義派」
- 対話路線
欧米との対話による制裁解除を掲げて当選しました。極端な反米・反イスラエル宣伝を控え、現実的な外交交渉を重視しました。
歴史的合意
2015年に、米国を含む主要国との間で「イラン核合意(JCPOA)」を結ぶことに成功しました。これにより一時的に制裁が解除され、イランの国際社会復帰への道筋をつけました。
このように、国際社会を挑発して孤立をいとわなかったアフマディネジャド氏に対し、外交と妥協によって制裁を解こうとしたロウハーニー氏は、まさに「強硬」と「穏健」という言葉がそのまま当てはまる関係でした。
アフマディネジャドが軟禁された理由
マフムード・アフマディネジャド元大統領が自宅軟禁下に置かれている理由は、イスラエルの情報機関「モサド」と極秘裏に接触していた疑いが、イラン当局に露呈したためとされています。ニューヨーク・タイムズ紙の報道などによると、具体的な背景や経緯は以下の通りです。
イスラエルとの秘密接触の露呈
アフマディネジャド氏は、イラン国内での政権交代後に新たな指導者として擁立されることを目指し、数年にわたりモサドの工作員や当時のモサド長官ダヴィド・バルネア氏とヨーロッパなどで極秘に接触を重ねていたと報じられています。この一連の動きをイラン当局が察知し、調査を進めたことが直接的な理由です。
イラン革命防衛隊(IRGC)による拘束
2026年に入り米国・イスラエルによる対イラン軍事作戦が開始された際、モサドの手によって一度は救出・保護されましたが、その後彼自身が計画に不信感を抱いて隠れ家を去りました。最終的にイラン政府によってイスラエルとの接触の全容が暴かれ、イラン革命防衛隊(IRGC)の治安部門によって身柄を拘束され、自宅軟禁に処されることとなりました。
なお、アフマディネジャド氏の事務所側はこのモサドとの関係および自宅軟禁の事実について、「世論を誤誘導し、国内の混乱を招くための完全な捏造である」として強く否定しています。
政治信条に一貫性がない。権力を握りたいだけ?
その見立ては、イランの内情や彼の一連の行動を見ている専門家の多くが抱いている疑問と完全に一致します。彼の政治キャリアを振り返ると、「権力を奪還し、表舞台に返り咲くこと」が最大の目的であり、そのための手段や看板(信条)は二の次になっている様子が強く浮かび上がります。彼の変節と行動パターンには、以下のような特徴があります。
保守強硬派から「体制批判の旗手」への転身
大統領時代は最高指導者ハメネイ師への絶対的忠誠を誓う「超強硬派」として振る舞いましたが、任期後半にハメネイ師と権力闘争で対立して以降、一転して現体制を激しく批判するようになりました。かつて自ら抑圧していた若者や改革派の不満を代弁するかのような発言を始め、自らを「既存の腐敗したエリートと戦う救世主」として再定義したのです。これは信念というよりも、支持を集めるための典型的なポピュリズムの手法です。
手段を選ばない権力への執着
彼は2017年、2021年、2024年と大統領選挙への立候補を試みましたが、すべて体制側の審査(護憲評議会)によって失格とされました。国内の合法的な手続きで権力を握る道が完全に閉ざされた結果、宿敵であるはずのイスラエル(モサド)の力を借りてでも、政権転覆後の「新しいイランの顔」として返り咲こうとしたとされています。かつて「イスラエルを地図から消し去るべきだ」と叫んでいた人物が、裏ではそのイスラエルから資金援助を受け、自らの復権の片棒を担がせようとしていた事実は、思想的な一貫性が皆無であることを如実に物語っています。
結局のところ、彼にとって「強硬な反米反イスラエル」も「ハメネイ体制への批判」も、その時々で自らが権力に近づくための最も効果的なカードに過ぎなかったと言えます。

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