先進国の市場貧困率(当初所得の貧困率)比較
※全人口ベース、OECDデータ(2018年)
1位: フランス(約37.2%)
5位: イタリア(約33.7%)
6位: 日本(約33.2%)
9位: ドイツ(約32.1%)
17位: イギリス(約28.6%)
20位: アメリカ(約27.5%)
OECD平均(約27.6%)
どんなに対策をしても、どの国でも一定数の貧困層は生まれてしまうとも言える
経済学や社会政策の視点からも、自由市場や競争を前提とする経済体制をとる限り、市場メカニズムだけでは格差をゼロにできず、どのような国や施策であっても一定割合の相対的貧困層が発生してしまう構造が存在します。
一定数の貧困層が発生する主な構造要因
相対的貧困という定義の性質
相対的貧困率は「等可処分所得の中央値の半分に満たない世帯」の割合を示す相対的な指標です。全体の所得水準がどれほど底上げされても、所得の分布に広がりや偏りがある限り、統計上必ず一定割合が「貧困層」に分類されるという性質を持っています。
市場経済と能力・機会・運の不平等
市場経済では、個人の能力、教育環境、健康状態、労働機会、あるいは単なる時々の運によって得られる所得に差が生じます。どれほど雇用対策や労働環境の整備を行っても、市場所得の格差を完全に失くすことは不可能です。
社会的リスク(病気・障害・高齢化・家族構成の変化)
病気や障害による労働能力の喪失、高齢化に伴う退職、シングル親世帯化など、個人の努力だけでは防ぎきれないライフイベントやリスクにより、市場所得が得られなくなる層が常にある程度発生します。
再分配政策(社会保障)の限界と課題
税や社会保障給付による再分配政策によって市場貧困率を押し下げることは可能ですが、課税強化や給付の拡大には経済的なコストや勤労意欲への影響(モラルハザード)といった制限が存在します。そのため、給付を行っても完全に相対的貧困を解消するレベルまで均一化することは現実的に困難です。
まとめ
どのような国においても、市場の自動調整機能や社会保障制度だけで貧困を「ゼロ」にすることはできず、政策の焦点は「いかに貧困の度合いを和らげ、固定化や連鎖を防ぐか」という点に置かれています。
日本の貧困:誰の責任か?(2012年の記事)
- Japanese poverty: Who’s to blame?
ブライアン・キャプランの「貧困の主な原因は個人の不適切な行動(薬物・アルコール中毒、未婚・計画外の妊娠、犯罪)にある」という論理に対し、ノア・スミスは日本の状況を例に挙げて反論しています。
日本ではキャプランの挙げる悪癖(未婚のひとり親、薬物、犯罪)の発生率がアメリカに比べて極めて低いにもかかわらず、市場貧困率は約16.5%とアメリカなどの先進国と同等レベルで存在します。日本の貧困層の多くは真面目に働き、法を守り、禁欲的な生活を送っているため、個人の自己責任論や悪癖だけでは貧困の原因を説明できません。所得や資産がパレート分布に従う以上、貧困の本質的な原因は個人の行動ではなく、経済構造にあります。
※ 記載されている「16.5%」という数値は、2000年時点のデータ
ブライアン・キャプランによる「貧困=自己責任論」とその限界
経済学者のブライアン・キャプランは、貧困の根本原因を個人の不適切な行動にあると主張しています。彼が挙げる主な要素は以下の3点です。
1. 薬物およびアルコールの乱用
2. ひとり親や無計画な妊娠
3. 犯罪行動
しかし、この主張は統計データに基づいた調査というよりも、貧困層との接触を避けた内省やステレオタイプに基づいた推論である可能性が指摘されています。行動と貧困の相関関係があったとしても、それが原因なのか結果(貧困の苦痛に対処するための行動)なのかは区別できません。
日本のデータが示す反証
「不適切な行動が貧困を引き起こす」という説が正しければ、悪癖の割合が極めて低い日本では貧困が存在しないはずです。しかし、実際のデータはそれとは異なる結果を示しています。
| 比較項目 | アメリカ | 日本 |
|---|---|---|
| ひとり親の割合 | 高い | 極めて低い |
| 薬物乱用の割合 | 高い | 極めて低い |
| 犯罪率 | 高い | 極めて低い |
| アルコール依存症 | 一定数存在 | 80万〜440万人(同等程度) |
| 市場貧困率(2000年時点) | 18.00% | 16.50% |
日本の貧困層の実態と経済構造
日本の貧困層に対する観察によれば、彼らはアメリカの中産階級よりも法を守り、真面目に労働に従事しています。毎日8時間から10時間の厳しい単純労働に耐え、狭いアパートで暮らしながらも、薬物を避け、子供を未婚で産むこともなく過ごしています。
このように「真面目で勤勉なまま生まれ、真面目で勤勉なまま貧しい生活を送る」人々が一定数存在する現実は、個人の自己責任論を否定する証拠となります。
まとめ
あらゆる国において、所得や資産の分布はパレート分布(一部の層に富が集中し、裾野に多くの人々が位置する構造)を描きます。貧困の原因を解明するには、個人の素行に原因を求めるのではなく、なぜ所得分配がこのような構造になるのかという経済システムそのものに目を向ける必要があります。
アメリカの貧困層を彼らの貧困の責任にするのはやめよう(2019)
アメリカの貧困は個人の行いのせいではない。真面目に働き、薬物乱用も犯罪も少なく、シングルマザーも少ない日本でも貧困率は高いため、個人の道徳心ではなく社会の仕組みや政策を見直すべきである。
コラムニストのノア・スミス(Noah Smith)氏による、2019年7月30日付のBloomberg寄稿記事「アメリカの貧困層を責めるのをやめよ(Stop Blaming America’s Poor for Their Poverty)」の冒頭部分です。
記事の主な論旨と背景は以下の通りです。
アメリカ保守層の固定観念への疑問
アメリカの保守派の間では、「貧困は個人の怠惰、薬物・アルコールの乱用、犯罪、婚外子といった悪習慣や不適切な選択(自己責任)によって引き起こされる」という考え方が強く根付いています。
日本の例を用いた反論
ノア・スミス氏は、この「個人の素行さえ良ければ貧困は防げる」という前提に対する反証として日本を挙げています。日本人は真面目に働き、薬物乱用や犯罪の発生率はきわめて低く、シングルマザーも少ない国です。しかし、それにもかかわらず日本には依然として多くの貧困層が存在しています(相対的貧困率の高さなど)。
記事の結論・主張
真面目に生きていても貧困に陥る構造が日本で証明されている以上、アメリカにおける貧困問題の本質も「貧困層の道徳的欠陥」ではなく、賃金構造や社会保障制度といった経済・社会の仕組みにあると主張しています。

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