債券より株式を選好、財政・インフレのリスクで-ブリッジウォーター
Bridgewater’s CIOs Are Wary of Bonds on Fiscal, Inflation Risks
ブリッジウォーターのCIO(最高投資責任者)3名が示した「債券より株式を選好」という判断は、単なる市場予測ではなく、国家が「効率性」を捨てて「強靭性(レジリエンス)」を追求し始めた、現代の構造的な大転換を背景としています。
ご関心の「構造的な理由」と「実力行使の狙い」に焦点を当て、専門的な洞察に基づいた分析を提示します。
現代重商主義への転換とサプライチェーンの強制組み換え
ブリッジウォーターが警告する「国家としての自立」や「防衛」への歳出拡大は、彼らが「現代重商主義(Modern Mercantilism)」と呼ぶパラダイムシフトの本質です。
かつてのグローバリゼーションは、中国を筆頭とする低コストな供給網に依存することでデフレ圧力を生み、債券にとって有利な環境を作りました。しかし現在、主要国は安全保障を名目に、コストを度外視してでもサプライチェーンを自国内や同盟国内に強制的に引き戻そうとしています。
これは、自由貿易を制限し、関税を「武器」として使う実力行使です。この構造的な再編には膨大な資本が必要であり、政府は「国債」という形で市場から富を吸い上げ続けます。この「終わりなき債務供給」が、債券利回りを押し上げ、価格を下落させる根源的なリスクとなっています。
AI投資という「資源の奪い合い」によるインフレ圧力
AIが将来的にデフレをもたらすという一般的な見方に対し、ブリッジウォーターは足元の「インフレ要因」としての側面に警鐘を鳴らしています。
AI開発は現在、半導体、エネルギー(電力)、そして高度な人材という限られたリソースを奪い合う「軍拡競争」のフェーズにあります。企業は他社に遅れることを恐れ、コストに関わらず投資を強行する「ゲーム理論的」な行動をとっています。
この実力行使的な投資が、AIエコシステム周辺の物価を押し上げ、中央銀行がインフレを抑制するために金利を高く維持せざるを得ない状況(高金利の長期化)を生んでいます。これが、金利に敏感な債券にとっての「死角」となっています。
法定通貨の「マネー・イリュージョン」と実物資産への逃避
ブリッジウォーターの分析で注目すべきは、現在の市場上昇の一部が「マネー・イリュージョン(貨幣錯覚)」であるという指摘です。
彼らは、金(ゴールド)が最高値を更新し続けていることを挙げ、法定通貨に対する信頼が相対的に低下していると分析しています。政府が債務を増やし続け、インフレが常態化する世界では、債券(誰かの負債を保有すること)よりも、企業利益やインフラといった「実物に近い価値」を持つ株式の方が、価値の保存手段として優れているという論理です。
また、国家が中立国や同盟国に対して「自国の陣営の債務を保有し、自国の規格を採用する」ことを強いる、地政学的な二者択一の強要も、債券市場の流動性を損なう潜在的なリスクとして機能しています。
日本の状況と世界的潮流の同期
日本における高市首相の財政刺激策と国債急落の事例は、ブリッジウォーターに言えば「氷山の一角」に過ぎません。
世界中の先進国が、債務供給の限界(買い手が不在になる臨界点)に近づきながら、なおも産業政策という名の実力行使を続けています。この環境下では、金利上昇によって価格が崩れる債券はポートフォリオの重石となりやすく、相対的に「成長を価格に転嫁できる」株式、あるいは金のような「誰の負債でもない資産」へのシフトが必然となっているのです。
「ブロック経済」という言葉は排他的な保護貿易のイメージが強すぎるため「フレンド・ショアリング」へ
自由貿易の終焉と「フレンド・ショアリング」への衣替え
「ブロック経済」という言葉は、1930年代の排他的な保護貿易のイメージが強すぎるため、現代の政治家や経済学者はあえてその表現を避けています。
しかし、現在進行している「フレンド・ショアリング(同盟国間での供給網構築)」や「デリスキング(リスク低減)」という言葉は、本質的には「ブロック経済」の現代版に他なりません。かつては関税が障壁でしたが、現在は「安全保障」と「先端技術」を境界線とした、より強固で排他的な経済圏の再構築が進んでいます。
サプライチェーンを使った「中立国への踏み絵」
かつてのブロック経済は植民地を囲い込むものでしたが、現代の実力行使は「サプライチェーンの支配」を通じて行われます。
米国やその同盟国が、AI半導体やクリーンエネルギー技術において、中国製を排除し、特定の規格や原材料調達を義務付けるのは、世界を二つの規格に分断する行為です。これにより、東南アジアや中東などの「グローバルサウス」諸国に対し、名目上の自由貿易を許しながらも、実態としてはどちらの技術・金融圏に属するかという「二者択一」を強要しています。
これは、関税という目に見える壁ではなく、技術仕様や金融制裁という目に見えない壁で経済圏を囲い込む、高度に洗練されたブロック化です。
「効率」から「生存」へのパラダイムシフト
ブリッジウォーターが債券を避ける構造的な理由は、このブロック化が「不可逆的なインフレ要因」だからです。
グローバル経済が機能していた時代は、最も安い場所で作り、最も高い場所で売ることで効率を最大化し、インフレを抑え込んでいました。しかし、ブロック経済化は「安さ」よりも「同盟国であること」を優先します。
供給網をあえて非効率な形に組み換えるプロセスには膨大なコストがかかり、それが各国の財政赤字を膨らませ、国債の乱発を招きます。つまり、ブロック化に伴う「構造的なコスト増」を、市場が国債の価値下落(金利上昇)という形で引き受け始めているのが現在の局面です。
ブロック経済の「裏」にある通貨覇権争い
ブロック化の究極の形は、決済通貨の分断です。
BRICS諸国などがドル依存からの脱却を模索し、独自の決済システムを構築しようとする動きは、経済ブロックが金融ブロックへと進化している兆候です。投資家が債券(特に米ドル建てなどの既存国債)に警戒を強めるのは、こうした「通貨のブロック化」が、将来的な購買力の毀損に直結すると見抜いているからです。
現代のブロック経済は、歴史の教科書にあるような単純な貿易障壁ではなく、半導体・エネルギー・金融決済という「文明の生命線」を人質に取った、冷徹な実力行使の場へと変貌しています。
