日本は「少子化対策制度はあるが利用しにくい」
日本に『少子化』をもたらした1972年 鬼頭宏・歴史人口学者
戦後80年を迎え、日本では少子化と人口減少が急速に進行しています。政府は30年以上にわたり対策を講じてきましたが、目立った成果は出ていません。出生率の低下を抑え、人口減少を食い止めるために、歴史人口学者の鬼頭宏さんが縄文期以降の人口変動の研究を基に解説しています。
鬼頭さんによると、少子化の一大転換点は1972年で、この年以降に出生率が大きく低下し始めたことが日本の人口減少につながっていると指摘されます。世界的に人口増加や経済成長の限界を論じたローマクラブの報告書「成長の限界」の影響もあり、社会全体で子どもを持つことへの価値観が変化していったと考えられています。
対策については、単なる数字の上での施策だけでなく、社会環境や価値観の変化を含めた総合的な視点が必要であると述べられています。
このように日本の少子化問題は、1972年を境にした社会構造と価値観の変化が大きな要素であり、効果的な対応には広範な視野が求められていることが分かります.
1970年代初頭に国際的な「人口と環境の危機意識」が広まった
日本の人口は古代から数度の増減を繰り返してきた。縄文、弥生~鎌倉、室町~江戸、明治~令和と、文明と資源利用の転換点ごとに人口は増加と減少を繰り返した。江戸時代には新田開発や農具改良により人口が増えたが、18世紀初頭に限界を迎え、農村部で出生率が下がり「少子化」が生じた。
現代の少子化は自然環境による制約ではなく、人間社会が「人口過剰」や「環境負荷」を自覚した結果生じたものである。1972年には大きな転換が起きた。アポロ17号が撮影した「ブルーマーブル」写真が公開され、地球の有限性を人々に意識させた。さらにローマクラブの「成長の限界」報告やデニス・ガボールの「成熟社会」論が世界的に人口抑制・成長抑制の考えを広げ、73年のオイルショックも危機意識を増幅させた。
日本政府も1974年の人口問題審議会で「静止人口」を目指す方針を打ち出し、「子どもは2人まで」という世論も形成された。これが「意図された少子化」の始まりであり、日本社会に深く浸透した。その結果、出生率は先進諸国と同様に落ち込んでいった。政府が少子化対策へ方針転換を図るのは1989年の「1.57ショック」以降であり、対応が遅れた。
鬼頭氏は、今後の少子化対策としては「結婚や出産を希望する人が実現できるよう、豊かで快適な社会をつくること」が不可欠だと述べている。
まとめると、日本の少子化は単なる経済要因ではなく、1970年代初頭に国際的な「人口と環境の危機意識」が広まり、それを日本政府と社会が積極的に受け入れた結果、意図的に始まったという歴史的背景が大きいと指摘しています。
「1970年代に始まった人口政策」と「現在の少子化対策」を比較
1970年代以降の人口政策
背景
- 世界的な人口爆発への危機感、環境・資源制約の意識、オイルショックなど。
政府の方針
- 1974年の人口問題審議会が「静止人口」(出生率を低下させ、人口を増やさず減らさず)を公式目標として打ち出した。
社会への浸透
- 「子どもは2人まで」というキャンペーン的な合意形成がなされ、国民の意識にも根付いた。
特徴
- 少子化は「意図された政策」として推進され、その後の出生率低下を招いた。
現在(2000年代後半以降)の少子化対策
背景
- 出生率の大幅な低下、特に1989年の「1.57ショック」を契機に社会問題化。
- 人口減少による経済縮小、地方の過疎化、社会保障費の増大が深刻化。
政府の方針
- 「少子化対策」へ完全に転換し、結婚・出産・子育てを希望する人を支援。
- 例)保育所拡充、育児休業制度の整備、児童手当拡充、働き方改革(長時間労働是正)。
課題
- 政策投入の遅れに加え、経済・雇用の不安定化、非正規雇用の増加、教育費負担、価値観の多様化が障害となり、成果は限定的。
特徴
- 少子化は「克服すべき課題」とされ、経済成長や社会維持に直結する問題とされている。
両者の大きな違い
政策の方向性
- 1970年代:人口増加を抑制するため「少子化奨励」
- 現在:人口減少を防ぐため「出生促進」
出発点となる意識
- 1970年代:地球環境・資源制約に基づく危機感
- 現在:経済停滞・社会維持困難に基づく危機感
取り組み対象
- 1970年代:国民への合意形成(意識改革中心)
- 現在:経済的・制度的支援で行動を後押し
つまり、日本は1970年代には「人口が多すぎる」という問題意識で少子化を推進し、その後に「人口が減りすぎる」という逆の問題に直面し、方針転換を迫られた国なのです。
今後有効とされる少子化対策の方向性
結婚・出産の希望を実現できる社会づくり
- 現代日本では「子どもが欲しい」と考えても、経済的不安や職場環境の問題で断念する人が多い。
- 希望を妨げる障害(雇用、収入の安定、住宅、教育費など)を取り除くことが最優先。
経済的支援の強化
- 児童手当、教育費の負担軽減(高校・大学無償化など)、住宅支援。
- 特に教育費負担を大幅に軽減し、子どもを持つことが中間層でも安心してできるようにする。
働き方改革と男女平等
- 長時間労働の是正、非正規雇用問題の解決。
- 男性の育児休業取得促進、育児と仕事を両立できる制度や職場文化の定着。
地域コミュニティ・子育て環境の改善
- 保育所・幼稚園・学童保育の安定的な利用保障。
- 子どもを育てやすい街づくり(公園、医療体制、交通の利便性など)。
社会の価値観の転換
- 「子どもは負担」ではなく「社会の未来を支える存在」とする認識の共有。
- 競争や効率一辺倒ではなく、生活の豊かさ・安心感を大切にする社会へ。
移民政策との関係
- 少子化の根本解決には国内出生率の回復が必要だが、労働力や人口減少への対応として移民受け入れも検討課題。
- 移民政策と出生促進をどうバランスさせるかが今後の大きな論点。
まとめ
- 1970年代に「意図された少子化」を選んだ日本は、その後「予想以上の人口減少」という逆の課題に直面しました。今後必要なのは、経済的・制度的な後押しだけでなく、生き方や価値観の多様化を前提に「結婚・子育てが快適で望ましい選択肢となる社会環境」を用意することだと考えられます。
諸外国(特にフランスや北欧諸国)と日本の少子化対策の違い
フランスの少子化対策
特徴
- 子どもが2人以上いても仕事や生活を維持できる社会制度が整備されている。
具体策
- 児童手当の手厚い支給(子どもの人数が多いほど加算)
- 保育施設の充実(公的負担が大きく、安価で利用可能)
- 働き方の柔軟性(時短勤務、在宅勤務の普及)
- 婚姻にこだわらない制度(事実婚やPACS制度でも手当・権利を享受可能)
成果
- 合計特殊出生率は1.8前後を維持しており、欧州で最も高い水準。
北欧諸国(スウェーデン・ノルウェー・デンマークなど)
特徴
- 男女平等と福祉制度の充実を両立させた「共働き前提社会」。
具体策
- 高額な育児休業給付(スウェーデンは収入の8割を390日支給)
- 父親の育児参加を促す制度(ノルウェーの「パパ・クオータ」=父親専用の休暇枠)
- 保育サービスの全国的な均一化と低料金化
- 教育費は大学まで基本的に無償
成果
- 出生率は一時2.0近くまで上昇したが、近年はやや低下(1.5前後)。それでも日本より高位安定。
日本の少子化対策
現状
- 保育所や幼稚園は増やしたが、地域差大きく、待機児童問題や都市部の費用負担が重い。
- 育児休業制度はあるが「取得しにくさ」と「職場内の不利」が障害。
- 教育費(特に大学費用)が高額で、親世代の負担が重い。
- 非正規雇用や低賃金の増加により、結婚・出産そのものを諦める層が拡大。
- 政策が「支援」レベルにとどまり、「子どもを持つのが当たり前」と自然に思える社会風土をつくりきれていない。
成果
- 出生率は1.2前後で長期低迷。改善傾向は見られない。
比較から見えるポイント
フランス・北欧:制度が生活実感に直結
- 子どもが増えてもお金や時間で困らない仕組み。
日本:制度はあるがハードルが高い
- 実際は利用困難、職場文化が障害、教育費が重すぎる。
価値観の違い
- フランス・北欧:事実婚や多様な家族形態を認め、出産を促す。
- 日本:結婚が前提で、未婚出産や多様な家族モデルが社会的に浸透しづらい。
まとめ
- フランスや北欧では「子どもが多くても安心して育てられる仕組み」を用意することで、出生率を比較的高水準に保っています。対して日本は「制度はあるが利用しにくい」状況が続き、結婚や出産が負担感と結びついてしまっているのが大きな違いです。
日本が学ぶべき成功要素ベスト5
1. 教育費の大幅な軽減・無償化
- 北欧では大学まで基本的に無料、フランスも授業料が安い。
- 日本では教育費が非常に高く、多子世帯ほど経済的に厳しい。
- 教育費の心配なく、安心して子どもを複数育てられる制度が必要。
2. 保育サービスの全国均一・低負担化
- フランスは低料金で公的保育施設が整備され、利用しやすい。
- 北欧は共働きを前提に、誰でもアクセスできる保育制度がある。
- 日本は地域差が大きく、待機児童や高額費用が障害。全国どこでも安心して利用できる仕組み強化が求められる。
3. 男女平等な育児休暇制度の定着
- スウェーデンの「パパ・クオータ」のように、父親が取らなければ権利が消滅する制度が効果的。
- 男性育休の取得率が高いほど、女性のキャリア継続・第2子以降の出産につながる。
- 日本は制度上は整っていても、実際には「取りづらさ」が強く、文化面での改革が必要。
4. 家族形態の多様性を容認する制度
- フランスのPACS(事実婚制度)や北欧の未婚出産容認文化が出生率を支えている。
- 婚姻の有無に関係なく支援制度を利用できる仕組みが重要。
- 日本は結婚が前提で、未婚出産や多様な家族形態を社会が安心して受け入れにくい。
5. 「子どもを持つことは社会の喜び」という価値観の浸透
- 諸外国では「子育ては社会全体で支えるもの」という意識が強い。
- 日本では「子どもは家庭の責任」という意識が根強く、個人の負担が重すぎる。
- 価値観を共有し、社会全体で子育てを応援する文化へ転換する必要。
まとめ
- 日本が少子化対策を強化するには、単なる金銭的支援を超えて「教育費・保育・男女平等・家族の多様性・社会意識」という5つの柱を整備することが重要です。諸外国では「子どもが増えることが自然で安心な選択」となる社会制度と文化を両立させていますが、日本ではまだ家庭や個人の努力に依存しているのが大きな違いといえます。
これからの日本が現実的に取り得る具体的ステップ
短期的(~5年程度)
経済的負担の即時軽減
- 児童手当の大幅拡充(所得制限の撤廃や支給額増加)
- 保育園・学童保育の利用料引き下げ、無償化の対象拡大
- 教育費の一部無償化(高校・大学の入学金減免、奨学金の給付型拡大)
男性育児休業の実効性確保
- 育休を取らなければ企業にペナルティ
- 男性が「取りやすい」職場文化の整備(公務員・大企業からまず義務化を広げる)
住宅・生活支援の充実
- 子育て世帯への家賃補助
- 公共住宅や住宅ローン減税を子育て家庭に優遇
中期的(5~15年)
教育費の大幅無償化
- 大学まで学費をほぼ無償化(北欧型への移行)
- 子どもの人数が増えるほど教育費補助を手厚くする制度
地方の子育てインフラ整備
- 医療・保育・教育機関の地域格差を解消
- 地方移住世帯への支援強化(仕事・住居・教育をパッケージ化)
多様な家族モデルの制度化
- 事実婚・未婚の親でも同等の支援(フランス型)
- 養子縁組や里親制度の活性化
長期的(15~30年)
働き方・人生設計のパラダイム転換
- 人生100年社会を前提に、「若いうちに結婚・出産」の社会的前提を見直す
- 教育→就職→結婚→出産という1本のレールから、多様なライフコースを支える社会へ
社会全体の子育て文化醸成
- 「子育ては個人や家庭の責任」から「社会の喜び・共有財産」への意識変換
- メディアや教育を通じて、子育て・家庭を前向きにとらえる社会的価値の再構築
人口政策の総合戦略化
- 出生率回復に加えて、移民政策を組み合わせる現実的な人口維持策
- 高齢者社会との調和(子育てと高齢者支援を一体化した社会保障モデル)
まとめ
- 短期:お金と制度の壁を取り除き、安心感を即座に提供
- 中期:教育・地域・家族形態を再構築
- 長期:ライフスタイルと価値観を変え、人口維持戦略を多面的に展開
コロナ禍によって日本の少子化が政府想定よりも18年も早まったことを指摘し、日本社会が抱える「社会の老化」という病巣を「人口減少ドリル」という形式でわかりやすく学べる点にあります。
内容としては、コロナ禍で顕在化した日本の問題を質問形式のドリルにし、現状の課題を浮き彫りにしています。消費世代に占める高齢者の割合、介護事業者の減少、労働生産性の低さ、2030年に予想されるAI進展と労働者不足など、多角的に社会の衰退が警告されています。
また、コロナ禍からの再興が遅れれば、日本の国内マーケットが外国資本に奪われ、国益を守れなくなる可能性が懸念されるとし、少子高齢化の被害から目をそらさず、早急に対応策を考えなければ国家の致命傷になると論じられています。
対策としては、人口減少に伴う日本の「社会の老化」を前提にし、変化を正しく理解した上で次の一手を考える重要性を強調しています。
この本は、コロナの影響によって一層加速した日本の少子高齢社会の問題をわかりやすく学び、その深刻さを認識するとともに、未来を考えるための実用的な指針を得るのに適しています。
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