自給自足みたいな生活が出来たのは、その先に待っている豊かさという夢が待っていたからだと思う。福島生まれの爺さんが、昭和初期に北海道に渡り小作として就農。戦後農地解放で2㌶の土地を受け取り、水田農家を始める。

あの時代の生活に戻りたいとは思わない

俺が小学生の頃の我が家は、自給自足生活に近かったぞ

福島生まれの爺さんが、昭和初期に北海道に渡り小作として就農。
戦後農地解放で2㌶の土地を受け取り、水田農家を始める。
それだけでは、収入も少ないから豚山羊鶏なんかも飼育。

水田に向かない土地では畑を耕し大豆や小豆の豆類を生産。
これらからの収穫だけで、米味噌醤油納豆豚肉鶏肉卵ジンギスカンなんかは自給できていた。もち米も作っていたから冬になれば餅もつくし、小豆の餡子でおしるこも作っていた。

水田が国の減反政策で作付けが減らされてからはビートや小麦を作るようになり、砂糖やパンも自給するようになった。
自宅側の畑では、スイカやトマトやイチゴは売るほど成っていた。
料理に使う釜戸も、暖房のストーブも薪か石炭。水道は井戸水。

俺が高校卒業と同時に実家を離れて間もなく祖父母は他界し、父親も体調を崩し離農してしまった。

全ては70年代の俺の少年時代の思い出として埋もれてしまったが、正直あの時代の生活に戻りたいとは思わない。

ああいう生活に我慢が出来るのは、その先に待っている豊かさという夢が待っていたからだと思う。

安易な気持ちで田舎暮らしを初めてさっさと逃げていく似非都会人の多いことに嘆きを感じずにはいられない。

[貧乏] 本格的に自給自足をしよう[暇あり]

いい意味の警鐘ですね

自給自足とは言っても、今ある生活をすべて自給することは不可能です。
人一人が出来ることには限界がある。
多くを求めるなら大勢の人間が必要になり、分業して分け合うという手段になります。
結果として、不公平を補うための通貨に代わるものが必要になります。
しかし、それはまさに現代社会のそれであり、人間社会の中で疲弊した者が大自然に逃避したところで、挫折は目に見えています。

私たちは何かを専門に行うことによって、何がしかのプロと呼ばれ、その労働力をお金に変えて生活しています。

何もないところから金を生み出すと言う意味では、多くの社会人がすでに自給自足をしているのです。

一日の稼ぎでどれだけの米が買えますか?
年間の水道料金はいくらですか?
まず、一人で出来ること、出来ないこと、買うべきもの、自作するべきもの、取捨選択から始めたいと思いました。
とりあえず私は、贅沢を切り捨てることから始めます。

豊かさの定義は人それぞれ

豊かさの定義は人それぞれだし、田舎暮らしに馴染めず逃げていくのも自己責任だし、別にそれを嘆くことはないんじゃない?

俺の知り合いは北アルプスが好きで卒業後に彼女と一緒に安曇野へ就職したり、海が好きなやつは西伊豆に住み着いたりでうまくやってるみたいだ。

おいらの小学校時代も自給自足生活だった

オヤジは公務員だったが、食べ物を買っていた記憶はないな。

米・野菜は畑でつくっていたし、肉はニワトリだったし、魚は川で捕っていた。

買っていたのは調味料ぐらいだったと思う。