「森嶋・関論争」
関嘉彦が唱えた「防衛力を整備し侵略を抑止する」考え方が、むしろ時を経て説得力を増している
2025年08月20日 「白旗赤旗論」を論破せよ
1970年代後半、森嶋通夫・ロンドン大学教授が「もしソ連に侵略されたら、白旗と赤旗を掲げて整然と降伏すれば被害が少ない」という考え方を示し、これが「白旗赤旗論」と呼ばれた。これに対して関嘉彦・都立大学名誉教授は「防衛力を整備し侵略を許さない国づくり」を主張し、いわゆる「森嶋・関論争」となった。
しかし今日、ウクライナの事例が証明するように、占領は降伏によって平穏に済むものではない。強制移住や拷問、性的暴力、アイデンティティの否定など深刻な人権侵害が続き、降伏=被害が少ないというのは幻想である。
したがって、ただ「平和」を唱えるだけでなく、法の支配や国民の自由を守るために必要な防衛力を備える覚悟が不可欠である。8月という戦争を思い起こす時期にこそ、「白旗赤旗論」を乗り越え、現実的な安全保障を考える姿勢が求められている。
要するにこの記事は「降伏による平和」は虚構であり、占領は戦争の延長で暴力と自由の喪失を伴う以上、国民を守る意思と防衛力が必要だと論じていますね。
「森嶋・関論争」の歴史的背景を整理
森嶋通夫の立場(白旗赤旗論)
- 森嶋はロンドン大学の経済学者で、マルクス経済学を専門とする左派知識人。
- 1970年代後半、冷戦の最中に「もしソ連が日本に侵攻してきたら直接の武力抵抗をせず、白旗と赤旗を掲げて降伏すれば、無益な流血や破壊を避けられる」と主張した。
- 背景には、日本の非軍事化・平和主義、また「核兵器の前では通常戦力は無意味」という考え方があった。
関嘉彦の立場
- 関は東京都立大学の国際政治学者で、現実主義に立脚する立場。
- 彼は「もし日本が抵抗せず降伏すれば、侵略軍にそのまま支配され、国民の自由と権利は大きく奪われる」と反論。
- 防衛力の整備を行い、簡単には侵略を許さないことで抑止力を持つべきだ、と強調した。
「白旗赤旗論争」の意味
- この論争は1979年、『文藝春秋』誌上で展開され「森嶋・関論争」と呼ばれた。
- 一方は「いかなる戦争も避けるため降伏を容認」という極端な平和主義。
- 他方は「戦争を防ぐためにも相応の防衛力を持つべき」という現実主義。
- この対立は、日本社会全体が「戦後の非武装平和主義」と「現実的な安全保障政策」の間で揺れていた象徴的議論となった。
現代につながるポイント
- 冷戦当時は「ソ連の侵攻」が想定され、今日では「ロシアのウクライナ侵攻」「中国の海洋進出」が現実の安全保障問題となっている。
- 森嶋的な「降伏しても生き延びればよい」という考えは、今のウクライナ情勢を見ると非現実的であることが明らか。
- 関嘉彦が唱えた「防衛力を整備し侵略を抑止する」考え方が、むしろ時を経て説得力を増している。
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