人生案内 いしいしんじ(作家)
問い
20代の女性。両親が幸せになるために私を産んだとしか思えず、怒り、寂しさを感じており、とてもつらいです。以前から、不幸になる可能性があるのに子どもを産もうと考えるのは無責任ではないか?不妊治療をしてまでなぜ産みたいのか?子どもの了承なく産み、家族という型にはめるのはゆがんでいないか?などと考えてきました。
両親から虐待を受けたことはありませんが、愛を感じるより傷つくことの方が多く、そう考えずにはいられません。以前、親に子を産み育てる自信がないという話をした時は、「何とかなるよ」と言われ、怒りや悲しみが具現化していくような感覚に襲われました。
友人に意見を求めても、「好きな人の子どもがほしい」「親に孫の顔を見せたい」など、やはり子どもよりも自分優先。どうしたらこの感情と決別できるでしょうか。(東京・E子)
回答
あなたがそこにいるのは親のおかげではない。親のせいでもない。あなたが生まれたからだ。
願い、祈り。それが通じて、と、親が手を合わせることはあるだろう。ただ、事実として、生まれでてきたのはあなた自身なのだ。
願おうが、祈ろうが、生まれないときは生まれない。逆に、願ってもない、思ってもいないのに、ひょんとした拍子にきてくれる。
「きてくれた」と、そう感じるから、親は子をありがたく思い、大切にする。「自分の作った創造物」などと、まともな親なら一厘さえ考えるはずがない。
向こうからこちらへ来ること、生誕は、こちらから向こうへ出ること、死と、同等かそれ以上に過酷で、苛烈な旅路だ。あらゆる命はその果てにこの世に到達した。だからこそ生は、はじめから祝福されている。
あなたの生はあなた自身のものだ。不幸へつながる可能性もあるいっぽう、親友、生きがい、楽しみ、うつくしいものへも、存分にひらかれている。
子どもを「作る」かどうかも、まったくの自由。あなたの意思がどうあれ、いつか、ひょんと「きてくれる」かもしれない。そのとき、その苛烈な旅路をねぎらい、祝福することだけは、どうか忘れずに。
リツイート
ごめんけど私がこの20代女性の立場だったら相談して無駄だったと傷つくと思う。「あなたが生まれたからだ」「生まれ出てきたのはあなた自身なのだ」苛烈な悩みをもってるだろう人に、あなたの責任とも取れる言葉は残酷に思える
これ、いまいち答えになっていないような。生まれてきて、怒りや寂しさを感じてしまうような辛いことがあったのですね」の一文があれば少しは癒されると思うが……。両親は自分たちが幸せになるために子どもを産むし、望む望まぬに関わらず人生を押しつけるもの。多分皆そこまで深く考えていない。
「子どもの了承もなく産み」って確かにそう。そうした意味で、親ははじめから暴力的な存在でもあるわけで。だからこそ、産んだ子どもを愛し、よりよい人生を歩めるように自立させるのが親の責任。これに全く無知なのが毒親。
ワイはやっぱり妊娠出産は親の幸せ、満足のためと思ってしまう事もある。特に30代あたりから不妊治療に焦り始めるパターンは”周りに遅れたくない””あの人より先に妊娠したい””今まで全てうまくいってたから子育てだって”みたいな発言をよく見て親主体すぎると感じていた。
「あなたは私たちの大傑作」と母。結婚して子ども産まない私は失敗作に転落だそうだ。傑作と思えなくなったら「俺とは全然似ていない」と言い出し父。二人して私を何だと思っているんだ。そう問いただしたいが二度と会いたくない。子どもは授かりもの。自分の所有物ではない。相談者のようにもっと悩んでもいいと思う。回答も素敵。
「自分らの作った創造物」などと、まともな親なら一厘さえ考えるはずがない」そうか、まともな親なら通常考えないし、それを子供に対して言う親はまともではないわな…。なんで母親はあんなに「産んでやった」と恩着せがましく言い募り感謝を強制するのか、てこと。理由は何となしにわかってはいる