木村一隆 Ichitaka Kimura 日赤医療センター医師

https://www.youtube.com/watch?v=96j982nUGKQ” 96j982nUGKQ

職歴

  • 1997年、岐阜大学医学部卒業、
  • 同年、千里救命救急センター、大阪大学医学部附属病院救急部、
  • 1998年、大阪警察病院外科、
  • 2000年、国立大阪病院救急部、
  • 2001年、大阪府立病院救急科、
  • 2002年、国保松戸市立病院救急部、
  • 2004年、聖路加国際病院国際救急科、
  • 2009年、日本赤十字社医療センター救急科、など.

資格

  • 救急科専門医、
  • AHA BLS,
  • ACLS,
  • PALS instructor, など.

日野原重明先生の著書「生き方上手」(U-LEAG出版)とその続編より抜粋です.100歳を越えるご老人から私たちへのmessage, ここに引用させていただきます.
耐えて待つ勇気、習慣

  • 少しの時間を待つ事にさえいらだちを覚え、辛抱の先に喜びがあることをついに知らず.
  • 教えただけの効果がすぐに現れる事をつい焦って求めてしまう傾向があります.手をかけては待ち、また手をかけては待ちながら、ようやく収穫の日を迎えるのです.
  • 耐えることを自ら選びとって病を耐えたとき、たとえからだは病によって自由を奪われたとしても、その人の内面は心の大きなゆとりを体験します.耐えた末に自分でも予想しなかった別の「未来」、たとえば慰めや、新たな希望や、生きることの喜びや、潔いあきらめの勇気や、人生に対するより深い理解をきっと手にしているはずなのです.
  • 習慣の「慣」は、慣性の「慣」.どんなに動かしがたいものであっても、一度動き出してしまえば後は自動的に動く.
  • 自分のなかに不動の中心点をもつ.勇気とは自分を成長させるきっかけなのです.

思いやりの心 (care, empathy)

  • 親子や夫婦のあいだで、友人や仕事上の人間関係において、さらには属している集団と別の集団とのあいだ、国と国のあいだで、自分をかばい自分の利益を思い、自分のことを正当化する行動をとるうちに、いまこの瞬間にも私たちは知らず知らず誰かを傷つけてしまっているのです.
  • 孔子. 「恕」は自分のことのように相手を思い、その存在を尊重する心のことです.釈迦.「怨みを捨ててこそ息む」.
  • Kara (Care). 「嘆き悲しむ」.「ともに悲しむ」ことなのです.
  • 病む人にとってからだの苦痛以上に耐えがたいのは、実は孤独感なのです.痛みは主観的なものですから、不安や悲しみ、恐れによって何倍にも増幅されます.
  • 熱のある額に手をふれられただけで気分が楽になり、痛いはずのお腹をさすってもらうと痛みが薄れた.
  • 「お母さん、聞こえた?」と息子が手を握れば、ぐっと握り返されたように感じる.
  • 私はこの友の微笑みから、二つの大切なことを教わりました.与えられるのはいつも片方ばかりではないということ、そして、人は生の最後の瞬間まで人に与えるものをもっている、ということをです.
  • その患者さんに医師としての私がさしあげられるものは何かと言えば、私の寿命、私の時間です.私のことばと心です.

健康とは

  • 最も大切な要件は当人に「健康感」があるかということです.
  • 患者さんにとっての病気の感覚は、患部にだけあるというよりも、自分という全体が病んだ状態にあります.
  • 青い鳥.しあわせは外にではなく、心の内にある.
  • 一人でいても孤独を感じない、貧しくともわびしくない、死に瀕していても心安らかでいられるとしたら
  • すべてのあいさつのことばは、「生きています.ありがたいことです」と翻訳することのできる、自分自身への呼びかけのことばだと言ってもいいかもしれません.
  • いのちとは器そのものではなく、器のなかの水であって、いかにきれいな水を満たすかが大事なんだ.
  • 患者さんに捧げる時間が多ければ多いほど、私は本当の意味で長生きをしたことになります.

Humorの心

  • つらい現実を恨まず、あらがわずに、微笑むことによって受け入れるという態度こそ、「いま」という一瞬を最も上手に生かし用いることに通じるように思います.

共に学ぶ

  • 彼らが大まじめに「なぜ、人を殺してはいけないのか」と無言の眼差しを返しているように感じられます.一人ひとりの血肉にならなければ、生涯にわたって意味をもちえないのです.