- バブル崩壊後、日本は約30年にわたりデフレと低成長に苦しみ、名目GDPの伸びも限定的だった。
- 仮に年2%のインフレと1%の実質成長(=名目3%成長)が30年続いていれば、名目GDPは理論上2.5倍になっていたという指摘は、複利計算上も妥当。
- しかし実際には、デフレや円高、不良債権問題への対応の遅れ、消費増税などマクロ経済政策の失敗が重なり、成長機会を逸したとの評価が多い。
マクロ経済政策の変遷と評価
- バブル崩壊からアベノミクス前まで
バブル崩壊後の日本は、不良債権処理や円高放置、財政再建優先などでデフレが長期化。企業はコスト削減・価格引き下げに走り、デフレスパイラルに陥った。政府も2001年ごろからデフレ克服を政策課題としたが、十分な成果は出なかった。 - アベノミクス・黒田日銀以降
2013年以降の「アベノミクス」では、日銀・黒田総裁による大胆な金融緩和(世界標準のマクロ経済政策)が導入された。金融緩和で円高是正・株高・雇用増など一定の成果はあったが、消費増税などの逆風で十分なデフレ脱却には至らなかった。近年は賃上げや投資拡大の動きも出ており、ようやくデフレ完全脱却の転機を迎えている。 - デフレ適応層(高齢層)と現役世代の対立
長期デフレの中で、コストカットや現状維持を重視する企業・高齢層が主流となり、金融緩和や成長志向の政策に否定的な声も根強い。こうした「デフレ適応型」の価値観が、現役世代の成長機会や分配拡大を阻害してきたとの批判もある。
今後の課題
- 2024年以降、官民連携による投資拡大・賃上げ・社会保障改革など、持続的成長と分厚い中間層形成が重視されている。
- マクロ経済政策の世界標準化(積極的金融・財政政策)は不可欠とされる一方、構造改革や社会的合意形成も重要。
「30年デフレを続けてきた結果、デフレ適応型の老害が金融緩和を否定する――」という指摘は、実際に政策転換の足かせとなってきた現実を反映している。今後は、現役世代の成長と分配を重視する新たな経済運営が求められている。
- 永濱利廣(第一生命経済研究所 主席エコノミスト)
主題と背景
- 本書は、長期デフレを経た日本経済が直面する「新型インフレ」の実態と、その背景にある「デフレ後遺症」を多角的に分析し、今後の処方箋を提案する内容です。
新型インフレとは何か
- 物価上昇が続く一方で、実質賃金は下がり、個人消費も停滞しているという「ねじれた」経済状況を指します。
- 金利も上昇傾向にあるが、消費が伸びず、経済の好循環が生まれていません。
- この現象は、単なるコストプッシュ型インフレ(原材料やエネルギー価格の上昇による物価高)にとどまらず、複数のイレギュラーな要因が絡み合っている点が特徴です。
デフレ後遺症とは何か
- 長期デフレが日本人の消費行動や経済マインドに深く根付いた「トラウマ」となり、「待てば安くなる」「無駄遣いを避ける」といった慎重な消費行動が定着しています。
- これにより、物価が上がっても消費が伸びず、企業の収益も拡大しにくい「デフレスパイラル」から抜け出せない状況が続いています。
- 若い世代はデフレしか知らず、中高年も消費抑制が習慣化しているため、経済の活性化が阻害されています。
新型インフレの要因
- コストプッシュ型インフレ(輸入品やエネルギー価格の上昇)
- 日銀のちぐはぐな利上げ政策
- デフレが生んだ「デフレマインド」の定着
- 働き方改革の副作用や「就職氷河期世代」の苦境
日本経済再生への処方箋
- デフレマインドの払拭
「高圧経済(High Pressure Economy)」理論を用い、需要超過状態を保って景気拡大を促すことが提案されています。 - 働き方改革の見直し
一律の労働時間削減ではなく、多様な働き方や所得機会の拡大が必要とされています。 - 消費活性化策
個人消費の冷え込みを解消し、「悪いインフレ」を「よいインフレ」へ転換するための施策が求められています。
まとめ
- 永濱利廣氏の『新型インフレ 日本経済を蝕む「デフレ後遺症」』は、物価上昇と賃金停滞、消費低迷が同時に進む日本独特の「新型インフレ」を、長期デフレの後遺症という視点から解き明かし、そこからの脱却策を多面的に論じた一冊です。