演歌は1960年代後半生まれ。いま日本で伝統・文化と言われている物の大半は、せいぜい江戸時代(1600年 – 1870年)発祥じゃない?

古市憲寿「先祖伝来の墓と言っても、せいぜい2世代、3世代前」

12016/06/13(月) 19:02:29.34 ID:CAP_USER9

演歌、いつから「日本の心」に? 「流行歌の一つ」が伝統の象徴になった瞬間

「日本の伝統が忘れ去られようとしている」。そんなかけ声と共に、演歌を保護・振興する機運が高まっています。ただ、歴史をひもとけば、生まれは1960年代後半と浅く、しかも、誕生直後は、ロックのように反体制・アウトロー的な価値観をまとっていました。それが今や、伝統をことさらに強調し、体制の保護を求めるまでに。演歌の数奇な歩みをたどってみました。

大御所がロビー活動

今年3月23日、演歌や歌謡曲の復活を後押ししようと「演歌・歌謡曲を応援する国会議員の会」が超党派の議員により、設立されました。自民、公明、民主、共産など80人の議員が終結。杉良太郎さんや山本譲二さん、瀬川瑛子さんら演歌界の大御所も出席し、世間の演歌離れを防ぐ手立てを考えていく方針を確認。設立準備会で、杉さんは「日本の伝統が忘れ去られようとしている」と危機感を示しました。

杉さんの言葉がまさに象徴的ですが、昨今では、演歌と聞いて「日本の心」「日本の伝統」といった連想は、違和感なく受け入れられています。

もともと「Jポップのようなもの」だった

けれども、故・島倉千代子さんが「この世の花」(1955年)でデビューした時も、北島三郎さんの「なみだ船」(62年)がヒットした時も、実はジャンルとしての演歌は存在していませんでした。「現代用語の基礎知識」に初登場したのは70年版です。

昭和初期、大衆音楽の世界は、レコード各社の専属作家が活躍した時代で、彼らがジャズやハワイアン、マンボような外来音楽に、端唄や都々逸などの日本的音楽要素を交配させては雑多に新しい音楽を生み出し、ヒット曲を模索していました。それらはおしなべて「流行歌」という名の風呂敷に包まれ、それは今で言うJポップのようなものでした。

流行歌の一部がジャンル化

ただ高度経済成長期の到来で一変します。人々の生活様式や価値観が急変。音楽においても、さきほどの風呂敷に収まらない『グループサウンズ』『フォーク』といった新しい音楽が日本社会に急速に浸透。結果、皮肉なことに、流行歌は、相対的に古くさいものに位置付けられます。

演歌はそんな端境期に、産声を上げました。

音楽評論家の北中正和さんは指摘します。

「それまで日本の発展を支えてきた人々の一定数は、音楽も含めた社会の大きな変化に戸惑いを覚え、一昔前の価値観や様式に郷愁を覚えるようになった。その思いをすくいとる形で、流行歌の一部が『演歌』の名でジャンル化したと言えます」

五木寛之さん「艶歌」の存在感

では、具体的にどういう流れで、ジャンルとしての「演歌」は誕生したのか。カギを握るのは、作家の五木寛之さんです。

「創られた『日本の心』神話 『演歌』をめぐる戦後大衆音楽史」の著者で、大衆音楽史に詳しい大阪大学の輪島裕介准教授は、五木さんが66年に発表した小説「艶歌」に着目します。

作品は、演歌のヒットに心血を注ぐ音楽ディレクターを描いた物語です。そこで「庶民の口に出せない怨念悲傷を、艶なる詩曲に転じて歌う」のが艶歌だとし、「艶歌を無視した地点に、日本人のナショナル・ソングは成立しない」「独りぼっちで生きてる人間が、あの歌を必要としている」などと登場人物に語らせています。

文化をリビジョンさせた

輪島准教授は言います。

「五木さんは、雑多な流行歌の中から、田端義夫や春日八郎、こまどり姉妹のような、特に曲に哀調を帯び、『貧しさ』や『不幸』を強調して歌う流行歌の固まりを抽出して、『艶歌』とカテゴライズし直した。そして、『そこに日本人のアイデンティティーがある』『これが日本の庶民の魂だ』と位置付け、高度経済成長を是とする体制側の価値観に反発する姿勢をとりました」

社会の都市化、近代化に伴い、「恥ずべきもの/捨てさるべきもの/克服すべきもの」として否定的にとらえられていた性質に「庶民の情念」といった新たな価値観を付与し、文化をリビジョン(改訂)させたというわけです。

作品から3年後。五木さんの理念を体現するかのような歌手藤圭子さんがデビュー。そのすごみのある歌声で人気を博します。

演歌がロックと似ている?

この変容の過程は、ほぼ同時代に生まれたロックのそれと酷似しています。
「娯楽的なポップミュージックとしてのロックンロールは、大学生が中心となった民謡復興運動に由来するフォークのプロテスト性と結びついたり、1920から40年代に流行したアメリカ黒人音楽であるブルースを『抑圧された人々の魂の叫び』と読み替えて象徴的な基盤にしたりして、『シリアスな自己表現としてのロック』に変容しました」

「それは、過去の流行歌の諸特徴から、とりわけ『アウトロー』『重い情念』みたいな性質を強調する演歌に変容した過程と、似ていますね。あの時代、演歌のような現象が世界で同時的に起こっていたと言えるかもしれません」(輪島准教授)

ロックのように、アウトローな存在として登場した演歌ですが、その後、「伝統」「日本の心」といった側面をまとっていきます。輪島准教授は続けます。
「五木さんの理念は、70年代以降、レコード会社やメディアによって『日本の心を歌う伝統音楽』という意味に変化し、『演歌』と表記されて広がりました。そこには、『日本を再発見』という意味合いで、国鉄(現JR)が行ったキャンペーン『ディスカバージャパン』のような運動も一役買ったと言えるでしょう」

その後、五木ひろしさんや八代亜紀さん、石川さゆりさんらスターが次々と誕生します。さらに、ぴんから兄弟のように、過剰に小節を利かせ、保守的すぎる女心を歌う音楽的特徴も生まれ、『伝統音楽』としての演歌のイメージも強化されていったのです。

2ch

3862016/06/13(月) 20:33:50.70 ID:9PW8iL5e0

伝統って民謡じゃねぇの?

4152016/06/13(月) 20:38:07.28 ID:8J6Qtd8l0

>>386
おれもそう思うんだ
世界に向けてやるなら民謡だよ
オリンピックやるなら太鼓と民謡しかないと思うんだがな
ほかは何やっても物まね日本の再現になる

4192016/06/13(月) 20:38:59.58 ID:WTpqeElW0

>>415
津軽三味線と民謡は外人受けするよな

4562016/06/13(月) 20:44:14.89 ID:nQ5arLTd0

>>415
昔は「フォーク」を「民謡」って訳してたよね

4692016/06/13(月) 20:46:04.44 ID:8J6Qtd8l0

>>456
いまでもです
アメリカ民謡 フォスター
そのアメリカ民謡調歌謡曲が日本のフォーク

4972016/06/13(月) 20:48:46.84 ID:jOkouRtL0

>>456
「フォークロワ」は「民話」だし

382016/06/13(月) 19:21:48.15 ID:kr1h6C1X0

では日本の伝統的な音楽とは?

492016/06/13(月) 19:26:27.26 ID:0YocbNtH0

>>38
そんなもの残ってるわけない
録音技術どころか楽譜も無かったんだから
君が代だって作曲はイギリス人でコードアレンジがドイツ人
そのせいか君が代はドイツのグレゴリオ聖歌そっくりというw
天皇について歌ってるとされてるが音楽的にはキリスト教会音楽という不思議

582016/06/13(月) 19:29:52.09 ID:8J6Qtd8l0

>>49
>>38
六段くらいか さくらさくら
ただしそれは京都視点
民謡ならいっぱいある
本当の日本音楽は民謡
ただしかなり近代のもあるから注意
ところで君が代の最初のドイツ人のつくったやつ
この間テレビできいた
出てた芸能人もわりといいと評判よかったぞ
当時はヨーロッパ風ですぐにヤメてそのイギリス人だかのに変えられたらしいな

612016/06/13(月) 19:31:03.65 ID:WHL4DcVN0

>>38
雅楽が一番古い

712016/06/13(月) 19:34:25.62 ID:eALq2SpG0

>>61
雅楽っていわゆる音楽というかミュージックじゃないんだよね
神式の儀式の時に鳴らす音っていうだけで

682016/06/13(月) 19:33:32.89 ID:wl53+LMB0

演歌にかぎらず
伝統だと思ってるものが調べてみると
以外と新しかったりするんだよね。

772016/06/13(月) 19:35:42.50 ID:0wf9g9W+0

>>68
最近だと「恵方巻き」とかな

5692016/06/13(月) 21:01:39.39 ID:wAEfEJpm0

>>68
少林寺拳法は”昭和”22年創設ww
まだ70年経ってないww

42016/06/13(月) 19:04:41.62 ID:f3tb+duq0

伝統芸能のようなイメージのある浪曲だって実は
昭和の流行歌でしかないし

3772016/06/13(月) 20:33:00.04 ID:0P5AsXqe0

相当昔のものかと思っていたが意外と歴史が浅いな
ほんの一時期だけ流行ったジャンルということか

1582016/06/13(月) 19:54:09.99 ID:f0PcAM5a0

こういうエセ伝統が多すぎる

1802016/06/13(月) 19:59:19.31 ID:PidR8UcI0 [6/7]

すぎやまこういち

  • 演歌こそ日本民族の音楽である、という権威付けは間違いである
  • 音楽芸術の面から見れば、瀧廉太郎から始まりすくすくと育っていた日本の音楽文化に、暗黒時代を築いたと断言してよい
  • 我々コンポーザーの間でも演歌を歌とは認めても、音楽的には優れた美しいものと認めている人は少ないのではないか

1842016/06/13(月) 19:59:56.26 ID:UWgF+f330

これも単なるマスゴミ洗脳
儲けるために無理に格付けして情弱が信じてるだけ

3092016/06/13(月) 20:21:41.94 ID:laFUDqpa0

ただの流行歌だからなー、演歌ってさ
日本の伝統とか言われると笑うけど、利権作りたいだけだろ?
ズバリでしょw
補助金と職員の給与ゲット狙いにしか見えないけど

1912016/06/13(月) 20:01:09.35 ID:i7NjkNYa0

大相撲と一緒で勝手に言って刷り込んでるだけだろ

大相撲(おおずもう)

日本古来の奉納相撲を起源とし、江戸時代から続く職業的な最高位の力士たちによって行われる神事や武道、または興行としての相撲である。加えてその母体となる力士・関係者の集団・社会を指す。

クラシック音楽史

  1. 中世5~6世紀~15世紀中頃。中世音楽はローマ・カトリック教会の典礼の中で無伴奏で歌われる「グレゴリオ聖歌」から始まったとされるのが通例です。単旋律の歌曲などの世俗音楽が発達し、吟遊詩人のための曲も作られた。また、二つ以上の旋律を同時に進行させるポリフォニー(多声音楽)も誕生した。
  2. ルネサンス15世紀中頃~17世紀初頭。ルネサンス音楽はフランドル地方(今日の東フランスからベルギーにかけての地域)を中心に広まったとされています。この時代は、音による自由な表現の形が開発され、ミサ曲とモテットなどの教会音楽やシャンソンなどの世俗曲が作られた。デュファイ、ジョスカン、パレストリーナらに代表されます。
  3. バロック17世紀初頭~18世紀中頃。近代音楽の和声法や長調・短調などの作曲技法の基礎が確立されて、協奏曲やソナタなどの種々のジャンルが誕生しました。低音声部が曲全体をしっかり支える通奏低音を支柱とした音楽が特徴です。また、オペラなどの劇音楽が登場したのがバロックの始まりとされ、オラトリオ、教会カンタータも数多く作られた。モンテヴェルディ、ヴィヴァルディ、バッハ、ヘンデルらが代表する作曲家。
  4. 古典派18世紀中頃~19世紀初頭。古典派時代に交響曲、協奏曲、弦楽四重奏曲、ソナタといった今なお引き継がれている音楽の形式が定められ、ソナタ形式にみられる整然とした形式美と機能的な和声進行からなるホモフォニー(和声音楽)音楽が特徴です。ウィーンを中心としたことからウィーン古典派ともいわれます。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンらが古典派の時代にあたります。
  5. ロマン派19世紀初頭~20世紀。ロマンとは「物語」という意味が語源で、古典派により完成された形式を下地として、個人の感情、幻想、あるいは到達できないものに対する憧れなどの要素を織り込んでいき古典派音楽を発展させていきました。音楽的特色の違いから19世紀半ばを区切りに前期と後期に分けられることが多い。前期はシューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、ショパンら、後期はワーグナー、ブルックナー、チャイコフスキー、マーラーらがこれにあたる。
  6. 現代(20世紀)20世紀~。19世紀までに多用されていた平均律やソナタ形式などの音楽様式が崩壊して、一つの様式や流派に統一されずに様々な「主義」音楽(印象主義、原始主義など)が次々と生まれ、同時に乱立していきます。転調に次ぐ転調や調性を持たない無調の音楽などにより20世紀の音楽は難解だと思われてますが、逆に初心者の方はファンの多い古典派やロマン派の音楽よりも現代音楽を聴くことで「通」になる近道かも知れません。ドビュッシー、シェーンベルク、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチなどが代表的な作曲家です。