古座の足萎え病 牟婁病 現在も紀伊半島南部はALS/PDCの多発地帯として注目されている

古座の足萎え病 ≒ 牟婁病

古座の足萎え病とは

  • 古座の足萎え病は、和歌山県古座川流域を中心に、19世紀から20世紀初頭にかけて多発した歴史的な地方病です。主な症状は、足の筋力低下、筋萎縮、歩行困難であり、進行すると最終的に歩行が困難になる神経難病として知られています。

病気の正体と現代医学的理解

  • この病気は、現在では「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」と同一の疾患であることが明らかにされています。紀伊半島南岸は、グアム島や西ニューギニアと並ぶALSの高集積地としても知られています。また、ALSにパーキンソン症状や認知症を合併する「牟婁病(Kii ALS/PDC)」も多発していることが報告されています。

発症原因と研究の進展

  • 発症原因については、長らく以下の仮説が挙げられてきました。
    • 特定の栄養素の欠乏
    • 地域環境に由来する重金属(鉛やカドミウムなど)への長期暴露
    • 地域特有の感染症(日本住血吸虫症など)
  • しかし、環境因・遺伝素因のいずれも明確には解明されていません。
  • 近年の研究では、患者由来iPS細胞から作製したアストロサイト(グリア細胞)で、ミトコンドリア機能に重要な「CHCHD2」というタンパク質の発現低下が確認されており、アストロサイトの神経保護機能低下が病態に関与していることが示唆されています。この知見は、今後の創薬や治療法開発の手がかりとなると期待されています。

歴史的背景

  • 古座の足萎え病の最古の記録は江戸時代中期(元禄年間)に遡り、因果・因縁譚を集めた書物にも記載が残っています。明治時代末には日本の神経学の創始者・三浦謹之助によって、紀伊半島南岸にALSが多発していることが指摘されました。

まとめ

  • 古座の足萎え病は、和歌山県古座川流域に多発した筋萎縮性側索硬化症(ALS)である。
  • 病因は未解明だが、環境因や遺伝素因、グリア細胞の機能異常が関与する可能性がある。
  • 現在も紀伊半島南部はALS/PDCの多発地帯として注目されている。

牟婁病(むろびょう)とは

  • 牟婁病(紀伊ALS/PDC)は、主に紀伊半島南部(和歌山県南部の牟婁地方)やグアム島などで多発する、極めて特異な神経変性疾患の総称です。筋萎縮性側索硬化症(ALS)とパーキンソン認知症複合(PDC:parkinsonism-dementia complex)の2つの臨床型があり、両者は密接に関連し、同一疾患の異なる表現型と考えられています。

主な症状

ALS型

  • 球麻痺(発声や嚥下障害など)
  • 四肢筋萎縮
  • 錐体路徴候(筋力低下、反射亢進など)
  • 進行に伴い呼吸筋麻痺
  • 平均発症年齢は60歳前後

PDC型

  • 認知症(物忘れ、意欲低下が主徴)
  • パーキンソン症状(筋固縮、動作緩慢など)
  • 多くの症例で運動ニューロン障害を合併
  • 平均発症年齢は66歳前後

合併症

  • 転倒による外傷
  • 嚥下障害による誤嚥性肺炎
  • 寝たきり後の尿路感染症や褥瘡

疫学・家族歴

  • 発症者数は数十人から100人程度と非常に稀です。
  • 家族歴を有することが多く、PDC症例の70%以上、ALS症例の約30%に家族歴が認められています。

原因・病態

  • 明確な原因は解明されていませんが、遺伝的要因と環境要因(微量ミネラル・重金属、ソテツに含まれる神経毒、ウイルス説など)の複合作用が考えられています。
  • 神経細胞内には異常にリン酸化されたタウ蛋白やTDP-43、α-シヌクレインなどの蓄積が認められ、複合蛋白質蓄積病の一つとされています。
  • 近年の研究では、患者のグリア細胞(アストロサイト)でミトコンドリア機能に重要なCHCHD2タンパク質の発現低下が確認されており、これが神経保護機能の低下や病態進行に関与している可能性が示唆されています。

治療・予後

  • 現時点で有効な治療法はありません。
  • パーキンソン症状に対してL-dopaが一部有効な場合がありますが、根本的な治療法は未確立です。
  • 症状は緩徐進行性で、ALS型の平均余命は3~5年、PDC型は約7年とされています。

その他

  • 牟婁病は「古座の足萎え病」とも呼ばれ、江戸時代からその存在が知られていました。
  • iPS細胞を用いた病態解明や創薬研究が進みつつあり、今後の治療法開発が期待されています。

牟婁病は、紀伊半島南部を中心にみられる進行性の神経難病で、筋萎縮、認知症、パーキンソン症候群が主な症状です。原因は未解明ですが、遺伝と環境の両方が関与し、グリア細胞の異常やタンパク質蓄積が病態に深く関わっています。

Wikipedia

和歌山県の紀南地方では、かつて水が原因で発生するとされる風土病(筋萎縮性側索硬化症(ALSまたはアミトロ)、現地では地名から「牟婁病」(むろびょう)とも称する)が発生していた。多雨で強い酸性土壌、この地域を流れる水(古座川など)のミネラル成分(カルシウムやマグネシウム)が極端に少ない上アルミニウムやマンガンなどの成分が多く、これを常飲するばかりでなく、交通網に乏しく陸の孤島であった同地域においてはこれらの水から育てた作物のみを食料にしていたことが原因の一つと考えられているが、ソテツに含まれる神経毒が原因との説もある。まだ原因は突き止められてはいない。近年では流通事情などが改善されているためか、1970年代から激減し、1990年代は同地域にて本病患者は発生していないとされる。しかし三重大学医学部による1997年の調査では依然として他地域に比べALSの発症率が非常に高く、多発地域とされている。かつてはアメリカ領グアム島も多発地帯だったが1970年代以降に改善した。

風土病の例

山梨県では甲府盆地の低湿部を中心に日本住血吸虫病の有病地で、特に近代以降には流行し「地方病」と呼ばれた。江戸時代から存在は知られていたが、明治期には県による医学的な原因調査が行われ、死亡患者の病理解剖で寄生虫卵が発見されると原因は新種の寄生虫であるとする仮説が立てられた。大正期には宮入慶之助により日本住血吸虫の中間宿主が巻貝の一種であるミヤイリガイ(宮入貝)であると突き止め、大規模なミヤイリガイの駆除が行われて撲滅される。

八丈小島はマレー糸状虫症(島民からは「バク」と恐れられた)の有病地であったが、佐々学のフィールドワークから始まる治療により撲滅された。

日本住血吸虫症の発生地域

主な発生地域(流行地)

日本住血吸虫症(地方病)は、かつて日本の限られた地域で流行した寄生虫病です。主な発生地域は以下の6か所に集約されます。

  • 山梨県甲府盆地底部一帯
  • 利根川下流域(茨城県・千葉県)、中川流域(埼玉県)、荒川流域(東京都の一部)
  • 小櫃川下流域(千葉県木更津市・袖ケ浦市の一部)
  • 富士川下流域東方(静岡県浮島沼周辺)
  • 芦田川支流・高屋川流域(広島県福山市神辺町片山地区、岡山県井原市の一部)
  • 筑後川中下流域(福岡県久留米市・佐賀県鳥栖市周辺)

特に有名な流行地

この中でも、以下の3地域は特に流行が著しかったことで知られています。

  • 山梨県甲府盆地底部
  • 広島県旧神辺町周辺(芦田川流域)
  • 福岡県・佐賀県にまたがる筑後川流域

流行の終息

  • これらの地域では、ミヤイリガイ(中間宿主)の駆除や農地基盤整備などの徹底した対策によって、1970年代から1980年代にかけて新規感染者は報告されなくなりました。山梨県では1996年、筑後川流域では2000年に終息・撲滅宣言が出されています。

小規模な流行地

  • 上記以外にも、小規模な感染が確認された地域がいくつか存在しましたが、いずれも現在は終息しています。

現在の状況

  • 現在、日本国内で日本住血吸虫症の新規感染例は報告されていませんが、甲府盆地や小櫃川流域にはミヤイリガイが残存しており、引き続き監視が行われています。

まとめ

  • 日本住血吸虫症は、山梨県甲府盆地、広島県旧神辺町周辺、福岡県・佐賀県の筑後川流域を中心に、関東や静岡県などの一部地域でも発生しましたが、現在はいずれの地域でも流行は終息しています。

住血吸虫症と「熱帯魚の餌(スピルリナ)」による新たな対策

住血吸虫症とは

  • 住血吸虫症は、約2億5000万人が感染しているとされる深刻な熱帯病です。
  • 主にアフリカや東南アジアなどで蔓延し、肝臓や腸の血管に炎症や重篤な合併症を引き起こします。
  • 日本では撲滅されていますが、世界保健機関(WHO)が「顧みられない熱帯病」として指定しています。

従来の対策と課題

  • 感染源となるのは淡水に生息する巻き貝(中間宿主)で、ここから排出される幼虫(セルカリア)が水中でヒトに経皮感染します。
  • 巻き貝の駆除には「ニクロサミド」などの農薬が使われることもありますが、環境負荷が高く、他の生物も殺してしまうため広くは使われていません。

新発見:スピルリナによる寄生虫抑制

  • 日本文理大学の熊谷貴准教授らの研究チームは、熱帯魚の餌などに使われる光合成生物「スピルリナ」に着目。
  • 2021年、普段と違う餌を巻き貝に与えた際、住血吸虫の幼虫排出が大幅に減少することに気づきました。
  • 実験では、スピルリナのみを与えたグループで幼虫の成長が阻害され、排出が最大88%抑制されました。巻き貝の生存率には影響がありませんでした。
  • スピルリナの成分が幼虫を直接死滅させることも確認されており、寄生虫のみを選択的に抑制する安全で持続可能な方法となる可能性があります。

今後の展望

  • 研究チームは2025年4月、日本熱帯医学会の学術誌に成果を発表。
  • 今後は、スピルリナのどの成分が有効かを特定し、流行地域での実証実験を進める予定です。
  • 熊谷准教授は「住血吸虫症に苦しむ人や国の救済に貢献したい」と語っています。

まとめ

  • スピルリナを使った熱帯魚の餌は、住血吸虫症の感染源となる巻き貝から排出される幼虫を大幅に減少させる効果があることが確認されました。
  • この方法は巻き貝には無害で、環境にも優しい新しい対策として期待されています。