お札が紙くずになった日 畠山 あずみ

私よりも頭が良い

お札が紙くずになった日

第54 回「おかねの作文」コンクール

京都府・京都市立旭丘中学校 1 年 畠山 あずみ

インド 高額紙幣は4時間後に法的通用力を失う

インドに家族と引っ越して2年半ほどたったある日、大事件が起こりました。2016 年 11 月8日午後8時にナレンドラ・モディ首相が演説を行い、「高額紙幣の 1,000 ルピー札と 500 ルピー札は4時間後に法的通用力を失う。」とテレビで発表したのです。インドの通貨の 1,000ルピーは、日本円の価値だと約 1,600円です。持っているお札が突然に使えなくなり、紙くずに変わることは、すぐには信じることができませんでした。ですが、それは正式なインド政府の政策で、インド人だけではなく、そこに住む外国人の私たちにも大きな混乱を巻き起こし、大変な事態となりました。

使えるのは小額紙幣の 100 ルピー以下のお札と硬貨だけ

モディ首相の演説があった翌日から、どこのお店に行っても 1,000 ルピー札と 500 ルピー札は拒否され、使えるのは小額紙幣の 100 ルピー以下のお札と硬貨だけになっていました。そしてマーケットには取り締まりの警察が見回っていました。私の母はマーケットでシャンプーを買うことができずに帰ってきました。クレジットカードで支払おうとしても、インドで作ったカードでなければ、支払いができませんでした。父がインドの銀行で作ったクレジットカードを持っており、どちらがカードを持つかで両親がけんかになってしまいました。お金が使えないせいでイライラして、家族の仲が悪くなるのだと嫌な気持ちになりました。普通に暮らしていてもとても不便なことが多いインドで、お金の価値がなくなり、生活に必要な物が買えず、両親も不安だったのだと思います。

インド国内は大混乱で暴動が起こる町 絶望して自殺する村人

モディ首相による高額紙幣無効化が発表されてから2日後に、閉じられていた銀行が開き、新紙幣の 2,000 ルピー札と 500 ルピー札への交換が順次、可能になりました。ただし旧紙幣の交換はひとり1日 4,000 ルピー(約 6,400 円)まで、預金の引き出しは1週間に2万ルピー(約3万 2,000 円)が上限でした。そして、人々が銀行に押し寄せました。ところが銀行にも新紙幣が足りておらず両替が中止になったり、ATMは空っぽの状態で、インド国内は大混乱で暴動が起こる町も出てきました。地方の村には十分な情報がなくて、絶望して自殺する村人もいました。

インドに住む日本人同士がLINEで助け合い

私の母も旧紙幣から新紙幣へ交換するために銀行に行きました。そして大勢のインド人に混じって2時間かけて両替をしたそうです。これはまだ短い方で、インド人の男性たちは5時間以上並ぶのが普通でした。というのもそのころ、日本人の大きなLINEグループができていて、情報交換が始まり、どこかの銀行では両替に並ぶ列が男性用と女性用に分かれていて、女性の列は比較的短い時間で両替ができるという情報がやり取りされていました。その他にも、政府のホームページに掲載されていた両替に必要な書類についての情報を英語やヒンディー語が得意な人がLINEグループに書き込んでくれて、言葉で困っている日本人を助けていました。いろいろな情報が毎日書き込まれ、学校への支払いや、ガソリンスタンドや八百屋では旧高額紙幣がしばらく使えることもわかってきました。インドに住む日本人同士がLINEグループで繋がり、不安なことを質問したりされたりして助け合い、どんどんと輪が広がっていき、400 人を超えるグループになっていました。身近な友達との助け合いは当たり前で、どこかのATMでお札が引き出せることがわかると、そのATMの場所を教え合いました。日用品をゆずり合ったり、貸し借りもよくしました。混乱の中で日本人同士が繋がり、声を掛け合い、助け合うことができたおかげで、不安を和らげることができました。

通貨偽造や汚職の防止、脱税を防ぐ目的

こうした混乱は4ヵ月ほど続きました。旧高額紙幣を無効にした目的は、通貨偽造や汚職の防止、脱税を防ぐことでした。現金主義だったインドは通貨交換の混乱を通じて、急速にクレジットカードと電子決済の社会へと変わったのです。日本でもクレジットカードやプリベイドカード、お財布携帯などの電子マネーを使う人が増えています。とても便利な社会だと思いますが、現金も電子マネーも「お金」は人が決めた道具です。インドで経験したような政府の政策だったり、自然災害、紛争のような大混乱が起これば、「お金」が価値をなくすかもしれません。その時に頼れるのは人との繋がりだと思います。お金は無効になっても、人との繋がりは無効にならないのだと思います。周りの人を大切にして、誰かが困っていたらすすんで助け、助けてもらったら感謝して、混乱の中でも人と繋がって生きていける強い人になりたいです。